素因減額

1.素因減額とは

なかなか,わかりにくい概念です。交通事故により因果関係のある損害(症状や後遺症)が発生しました。しかし,その損害の発生あるいは拡大に被害者の素因が関与しているとされる場合には,損害の全部を加害者に負わせるのは公平ではないと判断されると,事故発生の過失相殺と同じように損害額から一定割合が減額されることを言います。そして,素因には,体質的・身体的素因(既往の疾患や身体的特徴など)と心因的素因(精神的傾向)があります。

2.裁判例の傾向

(1)心因的素因について

その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときには素因減額を認めるとしています(最高裁判決昭和63年4月21日,なお,4割の減額を認めています。)。

(2)体質的・身体的素因

(1)一酸化中毒の既往症があった場合において,「当該疾患(=一酸化中毒)の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は損害賠償の額を定めるのに当たり,当該疾患を斟酌することができる。」(最高裁判決平成4年6月25日,なお5割の減額を認めています。)
(2)被害者が事故前から頸椎後縦靱帯骨化症に罹患していたことが,治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明らかな場合には,「症状が発現していたかどうか,疾患が難病であるかどうか,疾患に罹患するにつき被害者の責めに帰すべき事由があるかどうか,加害行為により被害者が被った衝撃の強弱,被害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者の多寡との事情には左右されない」と判断しました(最高裁判決平成8年10月29日,差し戻しされた大阪高裁では3割の減額をしました。この最高裁判決は,後縦靱帯骨化症判決と呼ばれています。)
(3)上の最高裁判決と同じ日に出された判決で,「首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定」については「通常人に比べて慎重な行動をとらなければならないほどの場合は格別,その程度に達していない身体的特徴は,個々人の個体差の範囲として当然に存在が予定されている」として素因減額を否定しました(この判決は首長判決と呼ばれています。)。
(4)最高裁の体質的・身体的素因として減額の対象として斟酌するものは,疾患かどうかで区別していると言えます。そして,後縦靱帯骨化症判決では症状の発現は必要ないとしているのですから,事故前は無症状で事故後に症状が出現した場合にも減額の対象となるということが言えます。

3 体質的・身体的素因の具体的裁判傾向

(1)頸椎後縦靱帯骨化症

最高裁の後縦靱帯骨化症判決以降の傾向としては,それを受けて素因減額を肯定する判決がほとんどのようです。減額率は2,3割から中には5割というものまであります。しかし,「通常の加齢に伴う程度」を超えているかを問題として素因減額を否定する判決もあります。

(2)椎間板ヘルニア

外傷性ヘルニアと診断名がつけられることが多いですが,交通事故によりヘルニアが発症するのかは医学上は否定されることが多いと思います。しかし,事故を契機に無症状であったものが発症する例は数多くあります。この点について,後縦靱帯骨化症判決を受け,同様に素因減額をする判決が多くあります。減額率も同様のようです。しかし,加齢性の変性等が事故前から存在しなかったとして素因減額を否定する裁判例もあります(大阪地裁判決平成13年12月25日)
これは,頸椎椎間板ヘルニアには素因減額を認めて,腰椎椎間板ヘルニアには否定したものです。その理由として
(1)腰椎椎間板ヘルニアについては,原告が事故直後から腰部痛を訴え,当初,腰部挫傷と診断されたが,その後も硬膜外ブロック療法等が奏功せず,事故から約40日後にはMRIによりヘルニアの存在が確認されていること
(2)頸椎椎間板ヘルニアは外傷によらず通常の日常生活の中で発症することがままあるので
本件事故と無関係に発症した可能性を否定することができないと,腰椎椎間板ヘルニアと対比させて,腰椎椎間板ヘルニアについては,原告の腰椎に加齢性の変性等が事故前から
存在したと認めるに足りる証拠はなく,この点に関し素因減額すべきとの被告の主張
も理由がない。

【コメント】

腰部については症状の一貫性があったとはありますが,基本的には頸椎と腰椎との部位の差から素因減額の適用の有無を判断していると思われます。部位により適用の有無が異なってくるのかどうか,その点について,この判決は十分な分析ができているとは言えません。従って,今後も,頸椎椎間板ヘルニアよりも腰椎椎間板ヘルニアの方が素因減額されにくいと安易に考えることは禁物であると思います。いずれにしても,検討すべきものを提示している判決と言えます。

4.素因減額の要件

以上の裁判例の傾向をまとめると,体質的・身体的素因として素因減額されるとは 加害者が以下を立証した場合です。

  1. 被害者の身体的特徴が「疾患」に該当すること
  2. 加害行為と当該疾患とがともに原因となって損害が発生したこと
  3. 当該疾患を斟酌しないと損害の公平な分担という法の趣旨を害すること
  4. 過失割合において検討すべき諸要素

ですから,素因減額と言われただけで,動揺したり,あるいはそれに従わなければならないと自ら決めつけることは危険です。
「当該疾患を斟酌しないと損害の公平な分担という法の趣旨を害すること」とは,重く含蓄のある言葉です。通常人と同じ加齢の状況であれば公平な分担の趣旨を害するとは言えないと思います。この点について,自己の健康保持義務から説明する見解も有力になってきております。不摂生と呼ばれるような要因による変性あるいは持病の寄与がなければ,素因減額を主張されても,とりあえずはビビることは不要だと思いますが,いかがでしょうか。

☆素因減額が主張された場合には,それがやむを得ない場合もありますが,訳がわからないとあきらめてしまう前に,素因減額そのものが正当なのか,そうだとしても減額率が正当であるのか判断する必要があります。私どもに御相談ください。

交通事故における後遺障害は、その賠償についても深い悩みを抱えることになります。埼玉の弁護士、むさしの森法律事務所にご相談ください。

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