Q.外傷性胸郭出口症候群の後遺障害等級についての判決例です。

[労働能力喪失率,後遺障害,等級,胸郭出口症候群]

A.

 

9級とする判決あるいは12級する判決がありますのでご紹介します。

しかし,最近の傾向としては,自賠責認定時点で厳しい状況となっています。

9級とするのは最高裁平成8年10月29日判決(いわゆる首長判決)です。
被害者は,追突され,頸部痛等で288日入院,30か月通院の後,胸郭出口症候群,バレリュー症候群で9級,左肩拘縮で12級,眼球調節障害で11級の併合8級後遺障害が認められました。なお,胸郭出口症候群に伴ってバレリュー症候群を発症して,併せて9級という認定です。被害者は,平均的体格に比べて首が長く多少の頸椎の不安定症があるという身体的特徴が,あったために,その点が素因減額の対象となるかが問題となりました。最高裁判決は,「身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるということであり,これが疾患に当たらないことはもちろん,このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められない」として素因減額を否定しました。
この事案は,首が普通より長く,それに伴って頸椎の不安定性があった被害者の例です。そのために同じ衝撃でも,大きな損傷を身体にもたらしたと言えます。また,バレリュー症候群も発症したために,併せて9級となったものであり,一般化をすることは難しいと考えます。


喪失率について11級相当とするもの
さいたま地方裁判所平成20年 3月28日判決


救急車も手配しない程度のごく軽微な自転車と軽四輪車の衝突で,自転車に乗っていた被害者(当時28歳女性看護師)に関して後遺障害12級と認定しましたが,「(被害者の)看護師の収入において力仕事や夜勤が高収入の一要因となっているということができる。したがって,胸郭出口症候群の牽引症状により原告が力仕事や夜勤に一定の支障を受けていることを考慮すると,労働能力喪失率は20%とするのが相当である。」と労働能力喪失率では11級相当としました。また喪失期間も67歳までとしました。
これは,被害者の年齢・職種,さらには勤務状況から見て現実の収入源を考慮してのもので,逸失利益に関するいわゆる差額説による考えと言えます。結論としては極めて妥当だと言えます。


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引用した判決の要旨

最高裁平成8年10月29日判決
平成5年(オ)第875号
(2審) 福岡高裁宮崎支部 平成4年12月25日判決
平成3年(ネ)第22号・同第23号
(1審) 宮崎地裁延岡支部 平成3年1月22日判決
平成元年(ワ)第41号
 <出典> 自動車保険ジャーナル・1173号 交民集29巻5号1255頁
上告人は,平均的体格に比して首が長く多少の頸椎の不安定症があるという身体的特徴を有していたところ,この身体的特徴に本件事故による損傷が加わって,左胸郭出口症候群の疾患やバレリュー症候群を生じた。バレリュー症候群については,少なくとも同身体的特徴が同疾患に起因する症状を悪化ないし拡大させた。また,頭頸部外傷症候群による前記眼症状についても,上告人の右身体的特徴がその症状の拡大に寄与している。
右事実関係における上告人の症状に加え,バレリュー症候群にあっては,その症状の多くは他覚的所見に乏しく,自覚的愁訴が主となっており,実際においては神経症が重畳していることが多いので,更にその治療が困難とされていること,そのためもあって,初期治療に当たり,不要に重症感を与えたり後遺症の危険を過大に示唆したりしないことが肝要であるとされていることが認められ,これを上告人の前記症状等に照らすとき,上告人の右各症状の悪化ないし拡大につき,少なからず心因的要素が存するということができる。これを本件についてみるに,上告人の身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるということであり,これが疾患に当たらないことはもちろん,このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないから,前記特段の事情が存するということはできず,右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合して上告人の右傷害が発生し,又は右身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても,これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でない。

さいたま地方裁判所平成20年 3月28日判決
平成15年(ワ)第1089号
損害賠償請求事件
ア 認定事実によれば,原告は胸郭出口症候群により,第1肋骨切除手術を受けた後も,頚から肩にかけての痛み,右上肢母指側のしびれがあり,重い物を持つなど下方に牽引されることによりその症状が増悪する状態にある。また,長時間のコンピュータ作業等も姿勢により症状を悪化させるおそれがあるため,避けるべき状態にある。原告は看護師であるところ,看護師の仕事としては採血,点滴,検診事務,記録作成,案内等の業務だけでなく,患者の抱き起こし,抱きかかえ,重い医療機器の移動等の力仕事も通常要求され,特に夜勤の場合は他の看護師に力仕事を代わってもらうこともできないため,結局力仕事や夜勤を行うことに支障がある。
イ もっとも,下方に牽引されることにより首や右上肢のしびれや痛みは増悪するものの,力仕事が物理的に不可能というわけではなく,実際に原告はE,J等で力仕事や夜勤業務を行い,Iで夜勤業務を行ってきた。力仕事を行うことで原告の症状が悪化する旨原告は供述し,力仕事を困難とのB医師の意見があり,力仕事は望ましくないとの鑑定の結果も出ているが,客観的に原告の症状悪化を認めるに足りる証拠はなく,原告の心因的な要因が関与している可能性も否定できない。また,本訴提起当初においては,原告は後遺障害等級12級に該当する旨主張していたが,その後特段原告の症状に変化が生じたとも認められない。そうすると,首や右上肢のしびれや痛みにより力仕事や夜勤業務に一定の支障はあるものの,業務が相当程度に制限されるとまではいえない。
ウ 本件事故後の原告の就業状況を見ても,力仕事や夜勤を行う業務についたI,E,Jでは,月額30万円ないし35万円くらいの収入を得ることができており,年収360万円ないし420万円くらい得ることが可能ということができる。そうすると,平均的な看護師の収入448万6500円(甲12)と比較して80%ないし93%程度の収入を得る可能性があるといえる。
エ したがって,原告の胸郭出口症候群の症状は,後遺障害等級12級12号に該当するというのが相当である。
オ もっとも,原告の就労状況を見ると,看護師の業務としては採血,点滴,検診事務等の専門的能力を生かす業務だけでなく,医療機器や患者の抱き起こし等の力仕事もあること,夜勤時は力仕事を避けがたいこと,力仕事や夜勤を行う業務についていたI,E,J等の収入に比して,そのような業務についていなかったDやHでの収入は低くなっていることなどが認められ,看護師の収入において力仕事や夜勤が高収入の一要因となっているということができる。したがって,胸郭出口症候群の牽引症状により原告が力仕事や夜勤に一定の支障を受けていることを考慮すると,労働能力喪失率は20%とするのが相当である。
カ なお,原告はケアマネージャーの資格取得の勉強が原告の収入減少に影響したとは認められない。また,原告の親族の介護についても,基本的に完全介護状態といえるから,Gに就業していた時期以外,特段原告の収入減少に影響したとは認められない。
キ 将来の回復可能性については,本件事故のあった平成12年6月1日から既に7年,症状固定の平成14年6月5日から既に5年以上が経過していること,神経ブロック注射や症状改善のための体操などの保存療法を行っているにもかかわらず,牽引症状は改善せず,むしろ顕著になっていること,胸郭出口症候群は自然治癒が期待できないことなどからすると,回復可能性はないというのが相当である。
 よって,労働能力喪失期間を限定すべきであるという被告の主張は採用できない。

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