Q.高齢者が事故後に肺炎で死亡したとして,どのような場合に事故との因果関係が認められますか。

[うつ,歩行障害,死亡,老人,肺炎,脳損傷,遷延性意識障害,骨折,高齢者]

A.

  同じ高齢者といっても年齢の幅と身体能力差の幅はあります。しかし,若い時とは違って事故による同程度の傷害を受けたとしても,予想以上に重篤化して死亡に至ることは決して珍しいとは言えません。事故後の死亡原因として院内感染の例を除いたとしても,肺炎によるものが多くあります。事故後の肺炎による死亡で因果関係が認められる場合は,大きく3つの類型に分けられます

Ⅰ 事故による受傷が,脳損傷・遷延性意識障害等の死に至る危険がある重篤なものでその結果として死亡に至ったもの
Ⅱ 事故による受傷は重症ではないものの,受傷後の転倒・再骨折等といった他の要因で寝たきりとなり,その結果として死亡に至ったもの
Ⅲ  事故による受傷は重症ではないものの,受傷により入院等で寝たきりの状態となり,その結果として死亡に至ったもの

共通するのは,事故によってほとんど寝たきりの状態となり,それによって,体力・免疫力の低下を来し,健康状態が悪化し,肺炎を罹患して死亡するに至ったものと認められ る場合には,相当因果関係が認められると言えるということです。


具体的な判決は続きをお読みください。

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Ⅰ 事故による受傷が,脳損傷・遷延性意識障害等の死に至る危険がある重篤なものでその結果として死亡に至ったもの

事例としては,極めて多数あるのではないでしょうか。判決例としては,次のようなものがあります。また,この様な類型はほとんど問題なく因果関係は認められると思われます。

頭蓋底骨折,外傷性クモ膜下出血等を負って本件事故から2年半近く,1級後遺障害の症状固定から9か月経過して肺炎死した主婦の死亡が,本件事故と相当因果関係にあるものと認められた(大阪地裁 平成8年1月25日判決<出典> 自動車保険ジャーナル・第1163号 交民集29巻1号125頁)


Ⅱ 事故による受傷は重症ではないものの,受傷後の転倒等といった他の要因で寝たきりとなり,その結果として死亡に至ったもの

Ⅰと比べて多くはありません。検索できるものとしては,次のものがあります。

事案その1  下肢痛と既往症のうつ病等が寄与したもの
71歳無職男子が衝突事故で,頭部外傷Ⅱ型・膝打撲等の傷害を負い,その後肺炎による呼吸不全となり死亡した事案  ただし,糖尿病・自律神経失調症・うつ病などの既往症や体質的・心因的要因が寄与しているものと,損害額の6割が減額されました。
神戸地裁 平成10年1月30日判決
事件番号 平成7年(ワ)第1161号 損害賠償請求事件
<出典> 交民集31巻1号169頁

この事案は,平成5年8月25日発生の事故で「頭部外傷Ⅱ型,左膝打撲,右手関節打撲,上口唇挫傷,右上側切歯損傷等」の受傷としては軽微なものでした。入院治療後に一旦は軽快しました。ところが平成6年3月31日には,介護のもとに入った風呂場で転倒し自力起座不能,食欲不振,倦怠感は進行し,構音障害まで出現しました。さらに,同年4月6日朝からは呂律が回らなくなり,翌7日朝には喘鳴も出現したため救急車で受診入院となりました。そして入院時,低酸素血症,胸部レントゲンにて両中下肺に浸潤影,傾眠傾向(低血糖,ブドウ糖負荷で開眼),貧血,低蛋白ありが認められて肺炎による急性呼吸不全と診断され,集中治療室で人工呼吸管理などが行れれたが,結局同月30日に,死亡したものです。

判決は,「受傷直後は胸部外傷もなく,受傷後約5か月は長期の臥床状態を来すことはなく,外来受診も可能であったことから,肺炎罹患の危険性を予見することは不可能であるとも考えられる。」と述べながらも,「しかし,まず,両下肢痛の進行による歩行障害は,活動性の低下を通じて肺炎発症の要因となることが認められる。」こと,(事故前から生じている)「うつ状態の悪化が活動性低下の進行と前後している事実は,うつ状態が活動性を低下させ,また,一方では交通外傷に起因する腰痛,両下肢痛による活動性低下がうつ状態を悪化させるという悪循環を招いたことを推認させる。」,また,「うつ病治療のための向精神薬は,身体精神的機能の低下をもたらし,これによって,活動性の低下を助長させ,口腔内分泌物,胃内容物の誤嚥の 危険性を高める。さらに,身体的機能の低下は,栄養障害,免疫力の低下を招き,このような悪循環はますます肺炎罹患の危険性を増加させる。」として,本件事故と肺炎発症,さらに死亡と本件事故との間には,いずれも因果関係があるとしたのです。

本件は,事故による受傷部位が下肢であることに加えてうつ病といった既往症から肺炎発症及び死亡との因果関係が認められたものです(ただし素因減額6割)。

事案その2  大腿骨頸部骨折を再骨折させたもの
80歳男子被害者が事故で右大腿骨頸部骨折を受傷後,老人性痴呆症(注:判決当時の用語,現在は認知症)となり,入院中転倒して左足の同一部位を骨折させ,合併による体動不能となり,退院し帰宅後心不全で死亡した事案で,本件事故と被害者の再骨折及び死亡との相当因果関係を認めました。
京都地裁 昭和55年1月31日判決
事件番号 昭和54年(ワ)第96号 損害賠償請求事件
<出典> 交民集13巻1号160頁

本件は,事故により大腿骨頸部骨折を受傷して,認知症となり,さらに同一部位を際骨折したため,治療期間が長期化して衰弱し,肺炎等を発症して死亡したものです。本件判決は,高齢者の大腿骨頸部骨折について次のようにコメントしています。

一般に高齢者の大腿骨頸部骨折については,老齢のため組織修復力が減少していて回復が困難であり(特に内側骨折に顕著),臥床期間が長期にわたり,更に強制的な外固定をなすこと等により,褥創,老人性痴呆,心不全,肺炎等の合併症の併発を避け難く,死亡の結果となることも少なくない。また骨折が治癒しても,高齢者については普通の成人と異なり漸く歩行している状態にある者が多いため,骨折による筋力の低下,構造的変化により,1段階下った状態になるものと思わなくてはならず,また本骨折のリハビリテーションが比較的長期にわたるため,過度に早期に治療をうち切られた場合,再び転倒して再骨折を起こしたり,家庭における受入れ環境の不備と相まって帰宅後臥床生活に戻って終う例もあり,高齢者の本骨折の予後は決して楽観を許さないものがある。


Ⅲ  事故による受傷は重症ではないものの,受傷により入院等で寝たきりの状態となり,その結果として死亡に至ったもの

腸穿孔,直腸脱を有する98歳男子が被告車に同乗中の衝突により,肋骨骨折等で331日入院中に肺炎で死亡した事案につき,受傷と長期臥床による発動性の低下等,直接の死因は病死及び自然死であるが,なおその死亡自体には本件事故と相当因果関係があると認められるとした判決があります。
大阪地裁 平成23年3月28日判決
事件番号 平成22年(ワ)第10601号 損害賠償請求事件(確定)
<出典> 自保ジャーナル・第1862号
(平成24年1月26日掲載)

左片麻痺を有する85歳男子が肋骨骨折等で寝たきり状態となった147日後肺炎死した事案で,本件事故と死亡の因果関係を認めた判決があります。ただし,事故の受傷と左片麻痺が相まって死亡するに至ったものと,3割の素因減額を適用しました。
神戸地裁 平成14年2月14日判決(確定)
事件番号 平成13年(ワ)第1050号 損害賠償請求事件
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1459号
(平成14年9月19日掲載)
交民集35巻1号235頁

事故による受傷自体が死に至る程度ではなくとも,高齢者にとり寝たきり状態をもたらすものとなることは十分にあり得ます。上記2件の後者がその点について言及しているので引用致します。

亡浩一は,本件事故による受傷自体によって,直ちに死亡したものとはいえないものの,本件事故による受傷と脳梗塞の後遺障害とがあいまって,ほとんど寝たきりの状態となり,それによって,体力・免疫力の低下を来し,健康状態が悪化し,肺炎を罹患して死亡するに至ったものと認められ,亡浩一のような高齢者の場合,ほとんど寝たきりの状態になれば急激に体力の低下を来すことは通常あり得ることであるから,亡浩一の死亡と本件事故との間には相当因果関係があるというべきである。

他の要因が加わるかは別として,「事故によってほとんど寝たきりの状態となり,それによって,体力・免疫力の低下を来し,健康状態が悪化し,肺炎を罹患して死亡するに至ったものと認められ 」る場合には,相当因果関係が認められると言えます。

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