Q.自賠責保険金を遅延損害金に優先的に充当することは,判例変更されて現在では認められなくなったのでしょうか。

[損益相殺,自賠責,自賠責保険,逸失利益,遺族年金]

A.

1  問題の所在
    被害者請求によって受領した自賠責保険金について民法491条1項により事故当日より発生している遅延損害金に対して充当することを主張するのは,よくあることであり,交通事故の弁護士としては当然知っていなければなりません。これを損害合計金額の既払金から控除してしまう,つまりみすみす元本を減らして訴訟で請求するのは,依頼者への不利益になります。
    とりわけ,重度後遺障害で治療期間が長期となって症状固定まで数年かかった事案では,弁護過誤と言われても不思議ではありません。
   
    さて,遅延損害金に対して充当する解釈論としては,最高裁平成16年12月20日判決(以下,平成16年判決という。)を前提としています。
   
    これに対して最高裁判所平成27年3月4日大法廷判決(以下,平成27年判決という。)により判例変更がされているという反論が加害者側(保健会社側)からなされることがあります。

2 これまでの最高裁判決の流れ
(1)平成16年判決
      これは,43歳男子独身大卒会社員の交通事故死亡について自賠責,労災遺族補償年金,遺族厚生年金支給金の既払金が,遅延損害金に充当されるのか,争点となったものです
      1審裁判所は,受給した労災遺族補償年金額は,損害の填補に充当するとしたものの2審は,損害填補につき,自賠責,労災遺族補償年金,遺族厚生年金支給金の支払日までの遅延損害金充当を否認しました。
      そこで被害者相続人側が上告したところ,最高裁は,交通事故で被害者が死亡したことにより相続人が遺族厚生年金を受領した場合,元本である逸失利益相続分から損害の填補として控除するとしたものの,自賠責保険金等は,事故日から支払日までの遅延損害金に充当後,元本から控除されるとしたものです。
(2)平成16年判決の二つの側面
      平成16年判決は,「自賠責保険等」という中に,自賠責保険金給付と社会保険給付である労災遺族補償年金等を同列においている表現をしています。
      まさに,その点が,平成16年判決そのもの及びそれ以降の最高裁判決をどのように解するかの議論の端緒となったといえます。
      すなわち,平成16年判決は,まず充当すべきは遅延損害金であるのか元本であるのかという共通の問題はありながらも,自賠責保険金給付と社会保険給付という性格の異なるものを同一に論じたという側面があったのです。
      それは,平成16年判決が労災保険あるいは厚生年金という社会保険給付の対象となる事案であったからに他なりません。
     
      「最高裁平成16年12月20日判決は,最高裁判所平成27年3月4日大法廷判決により判例変更がされている」のは,どの面かをきちんと理解する必要があります。
     
(3)最高裁判所平成27年3月4日大法廷判決に先行する最高裁判決
      最高裁判決(最高裁判所平成22年9月13日第一小法廷判決・民集64巻6号1626頁。最高裁判所平成22年10月15日第二小法廷判決。)において平成16年判決の変更の必要性が指摘されておりました
      しかし,平成22年の二つの判決は,前者9月判決が労災保険法,国民保険法,厚生年金法に基づく各給付,後者10月判決が労災保険法に基づく給付であり自賠責保険給付を含まないものです。
      この点,前者の9月判決は,「被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当です。」としており,あくまでも,社会保険給付に関する損益相殺,すなわち元本充当についての判示です。
      さらに,「第1審原告の請求は,4226万9811円及びこれに対する自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額の支払の日の翌日である平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであり,」として自賠責保険については,遅延損害金への優先充当を認容しています。
      後者10月は,前者9月判決の社会保険給付に関する制度趣旨から損益相殺,すなわち元本への充当についての判示部分を引用しています。
      そして,千葉勝美裁判官の補足意見は,次のように述べています。
      「本件は,被害者が不法行為により傷害を受け,その後に後遺障害が残った事案であり,この点で平成16年第二小法廷判決とは前提となる事実関係に違いがある。また,本件休業給付等と本件事故により上告人に生じた損害のうち逸失利益に係る遅延損害金との間で損益相殺的な調整をすることは,法廷意見が述べるとおり本件休業給付等の趣旨目的に沿わないものであることが明らかであるが,平成16年第二小法廷判決の事案において被害者に生じた損害との間で損益相殺的な調整をすべきものとされた遺族年金給付は,被害者の死亡の当時その者が直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を図ることを目的として給付されるものであり(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁),被害者の逸失利益そのもののてん補を目的とするのではなく,それに生活保障的な政策目的が加味されたものとなっており,損益相殺的な調整の可否についての前提が本件と異なっているとみる余地がある。すなわち,本件休業給付等は,労働することができなかったために受けることができない賃金のてん補や,労働能力が喪失ないし制限されることによる逸失利益のてん補を目的とするものであるが,遺族年金給付は,そこまでの費目拘束があるとはいえない。これらの点にかんがみると,本件判決は,平成16年第二小法廷判決に反するものではなく,これを変更する必要があるとはいえない。」としています。
      すなわち,平成16年判決は死亡事案であるのに対して平成22年の二つの判決は後遺障害事例ですが,
      千葉勝美裁判官は,平成16年判決は,「被害者の逸失利益そのもののてん補を目的とするのではなく,それに生活保障的な政策目的が加味されたものとなっている」のに対して平成22年判決は,「被害者の逸失利益そのもののてん補を目的とするのではなく,それに生活保障的な政策目的が加味されたものとなっており,損益相殺的な調整の可否についての前提が本件と異なっているとみる余地がある。」として事案の性格の違いを述べています。
      その上で,「本件(平成22年)判決は,平成16年第二小法廷判決に反するものではなく,これを変更する必要があるとはいえない。」は,判例変更ではないとわざわざ述べているのです。
     
      このように,平成16年判決から平成22年判決の流れは,労災保険等の社会保険給付の不法行為における損害賠償との同質性・相互補完性を争点としたものでした。
      そして,死亡と後遺障害残存とは,その点で異なるとして,社会保険給付の内容についてより精緻に解釈を積み上げていったものです。

3 平成27年判決の射程範囲
      さて,問題の平成27年判決は,「本件において相続人らが支給を受け,又は支給を受けることが確定していた遺族補償年金は,その制度の予定するところに従って支給され,又は支給されることが確定したものということができ,その他上記特段の事情もうかがわれないから,その填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが相当である」等として,「所論引用の当裁判所第二小法廷平成16年12月20日判決は,上記判断と抵触する限度において,これを変更すべきである」としたものです。
      つまり,遺族補償年金は,逸失利益との同質性を有する点から元本に充当されるということで社会保険給付の範囲内であることを明確にしたのです。
      すなわち,社会保険給付について損益相殺,つまり元本への充当問題について平成16年判決は死亡に関するもの一般を除外していたところ,平成27年判決では,相続人が支給を受け,または受けることが確定した,つまり具体化した範囲については填補されたとして認めるとしたものなのです。
      その限りでの,判例変更なのです。
     
      さらにいえば平成27年判決は,いわゆるパワハラ過労自殺による損害賠償請求事案であって,そもそも交通事故ではありません。
      平成16年判決が「自賠責等」と表現しているからとはいえ,平成27年判決による判例変更が自賠責保険給付の遅延損害金への優先充当問題にも及ぶとするのは,理論的にも飛躍があり乱暴な議論であるといわざるを得ません。
     
      このように,自賠責保険の充当関係については,判例変更はないというべきです。

4 自賠責保険の充当関係について
    金銭債権である不法行為または自賠法の規定に基づく損害賠償債権(いわゆる元本債権)と,その履行の遅滞による損害賠償債権(遅延損害金)とは,別個独立の債権です。
    そして,自賠責保険金は自賠責保険会社からの被害者に対する支払いであって,これとは別個独立の加害者から被害者に対する損害賠償債務の支払いとは異なるものです。
    一方で,社会保険給付は多くは被害者に対する給付と共に,加害者に対する代位規定を設けているものも多くある。このことは,社会保険給付は元本債権への充当ということでの補完性・同質性を論じる上での親和性があるというべきです。
    すると,既に,平成16年判決から平成22年判決の流れで論じたとおり,最高裁が,死亡と後遺障害を分け,さらに死亡においても支給がなされたか,あるいは支給が確定した範囲で損益相殺の法理に基づいて元本債権への充当をすると論理を構築したのは当然でした。
    しかし,自賠責保険と任意保険(あるいは,加害者の損害賠償義務)と賠償が二階建ての構造にある上で,元本債権と遅延損害金債権とが別個独立の債権であることから,民法491条1項により自賠責保険給付を遅延損害金債権に優先充当するのは,社会保険給付との違いから見ても理論的に正当であるというべきです。
    なお,自賠責保険についての判断は平成22年判決の事案で同時に申し立てられた上告受理申立が既に不受理となっており,平成27年判決でも当然ながら触れられておらず何ら変更されたものではありません(日弁連交通事故センター作成交通事故相談ニュース35号p7)。
    すなわち,上記平成22年9月13日最高裁判決事件において,自賠責保険の遅延損害金充当に関して上告不受理となっているが,その原審である東京高裁判決では,その点に関して次のように述べています。
    自賠責保険の支払は,(中略)まず遅延損害金に,次に損害元金に充当される,そして,注目すべきは,東京高裁判決は,前記の平成16年判決を引用して遅延損害金への優先充当を認めているのです。
    このように,むしろ自賠責保険金の充当については,まずは遅延損害金ということが,判例としては確立しているというべきです。

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