肩腱板断裂におけるインピンジメントによる素因減額(20%)についての判決です。

[インピンジメント,後遺障害,素因減額,肩腱板断裂,肩関節]

後部座席に同乗する塗装工(男・固定時62歳)が衝突事故により右肩腱板断裂等で自賠責保険10級10号(右肩関節可動域制限)と認定された事案です。

被害者は長年塗装工として右肩関節を酷使してきたため,鍵板が変性するインピンジメントが寄与していたものと,20%の素因減額を相当と認めました。


大阪地裁平成15年12月24日判決
交民集36巻6号1671頁

【事案の概要】   (クリックすると回答)


原告は,本件事故による衝突の反動で,身体は左右に振られ,停止後,横倒しの姿勢でぼーっとしていたが,気が付くと,右腕や右肩が抜けるように痛んだと訴えています。

他方,原告は,本件事故までに,1日8時間以上,年間300日以上,塗装工として45年以上の稼働経歴を有すること,塗装作業は,利き腕である右腕を上下させ,刷毛やローラーの上下運動を繰り返すものでした。
しかし,原告は,本件事故に遭うまで,左右の肩の痛みを自覚したことはなく,これによって仕事を休んだことも病院へ通院したこともありませんでした。

画像所見では,右肩関節棘上筋に大断裂を認め,棘上筋の断端は上腕骨頭の最上部付近まで退縮しています。
また,関節包内及びこれと腱板が断裂したことによって,連絡している肩峰下滑液包内に関節液の貯留が認められます。
鎖骨遠位端下端部が下方に突出しており,この部位でも腱板との間にインピンジメントが生じていたものと考えられました。

このように,原告は長年にわたる塗装業により右上肢を酷使し,このことによって,右肩関節の腱板に変性を生じて,本件事故以前から,少なくとも,肩関節の構成体にインピンジメント(衝突)が生じていたことが認められました。

このような場合に,インピンジメントによる素因減額はされるのか,減額率はどうなるのか問題となります。

【判決の趣旨】  (クリックすると回答)


インピンジメントが発生した原因は,原告自身が,長年に渡る塗装工の仕事に従事していたことによるものと考えられ,これが,右肩腱板断裂に影響を及ぼし,また,修復手術による回復の支障となって,本件事故によって,左右に強く振られただけで,腱板断裂を生じ,さらには,修復手術にもかかわらず,疼痛及び右肩挙上制限が継続し,後遺障害等級10級10号の右肩関節の機能障害という重篤な結果を招いたことが認められるのであるから,原告のインピンジメントを素因として,民法722条2項を類推適用して,原告の損害額から20%の減額を行うのが当事者間の公平の理念に資する。

原告はその職業柄,一般的な加齢による変性を超えてインピンジメントが進行していたと推認されること,また,「本件事故のような外傷契機とそれに続く炎症がなければ,以後も同様に就労可能であったと考えられます」との意見を勘案しても,本件においては,左右の横揺れという比較的軽微な外的刺激によって,腱板断裂が発生したばかりか,後遺障害等級10級10号の右肩関節の著しい機能障害を後遺したことを考慮すると,上記のとおり,20%の素因減額を行うのが相当である。

【コメント】  (クリックすると回答)


本件は,(肩)腱板断裂にインピンジメントが寄与したとして素因減額を20%認めた判決です。
「腱板断裂が発生したばかりか,後遺障害等級10級10号の右肩関節の著しい機能障害を後遺した」重傷例であり,塗装工としてのその後の就労をほぼ困難とさせる障害です。

この場合に,事故状況としては,「左右の横揺れという比較的軽微な外的刺激によって,腱板断裂が発生した」及び「一般に腱板断裂の予後は良好」という点と,事故前は無症状であったことから専ら本件事故による外力による発症と考えられる点を,どのように調整するかという問題が生じたのです。

本件判決は,「原告はその職業柄,一般的な加齢による変性を超えてインピンジメントが進行していたと推認される」という部分にポイントがあると考えます。「一般的な加齢による変性を超えて」いる場合に素因減額を行うと言うことです。

また,減額率の20%はヘルニアと神経症状との関係での基本30%よりは低く,損害額と実際の支払額を考慮した上での絶妙なさじ加減と言えます。

【インピンジメント症候群に関する医学的知見】  (クリックすると回答)


インピンジメント症候群とは,肩峰と烏口肩峰靭帯によって構成される烏口肩峰穹窿と,この下を滑走する腱板及び肩峰下滑液包床との衝突によって疼痛が生じる病態を指す。

腱板のうち,特に棘上筋腱は加齢とともに変性し易いという解剖学的特徴があり,腱自体の摩耗・変性によって機能が低下する。
これに,肩峰下滑液包(滑液を分泌して腱板を滑りやすくしている)の機能低下が加わり,肩を上に挙げることにより腱板が上方に衝突して痛みを起こす。

経過とともに,腱板(特に棘上筋腱)の変性が進行し,最後には断裂することがあるが,インピンジメントのみで断裂するという症例は少なく,外傷を機転とすることが多い。

インピンジメントは,肩関節挙上する運動が長年にわたって繰り返されると発生し(したがって,上肢のオーバーヘッド動作をよく行う野球,テニス,水泳などのスポーツで生じやすい),徐々に疼痛を中心とした症状が出現する。

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