治療費の一括払いは,単なるサービスなのか,法的性格があるかについての判決例です。
交通事故の際,被害者の治療を行なった医療機関(整骨院を含む)から任意保険会社に対し治療費を直接請求するいわゆる「一括支払い」について,
合意によるものではなく,あるいは医療機関に保険会社への治療費請求権を与えるものではなく,
あくまで事案の円滑な解決が前提であるものにすぎない
とされました。
大阪高裁 平成元年5月12日判決
<出典> 判時第1340号132頁
医療機関が,直接に任意保険会社に対して未払いの治療費を請求したものです。
なお,交通事故としては,治療の甲斐もなく被害者が死亡した事案です。
また,被害者の遺族と加害者とは和解が既に成立しています。
そして,医療機関が請求する根拠として一括払いを法律上の原因としたのですが,裁判所は,それについて一括払いの法的性格を述べて判断をしています。
「一括払い」なるものは,(任意)保険会社において,被害者の便宜のため,加害者の損害賠償債務の額の確定前に,加害者(被保険者),被害者,自賠責保険,医療機関等と連絡のうえ,いずれは支払いを免れないと認められる範囲の治療費を一括して立て替え払いしている事実を指すにすぎない。としています。
つまるところ,サービスとして任意保険会社が考える支払義務の範囲として行っているものであって,法的義務ではないとしています。
この解釈は,通説及び判例の流れ示していると考えます。
本件の場合,交通事故の加害者(被保険者)の被害者の相続人との間で治療費を190万7342円とする訴訟上の和解が成立しているけれども,実際の治療費は216万5825円であるとして医療機関が訴訟をしたものです。
その中で,「一括払いの合意」により,医療機関は保険会社に対し実際に要した治療費全部を請求する権利を取得すると主張しました。
しかしながら,判決では,任意保険会社はその法的地位上,被保険者の損害をてん補すれば足るのであって,被保険者が負担する損害賠償債務の範囲を超えて支払いをなす必要はなく,
また,被保険者に対する義務の履行として損害のてん補をすれば足るのであって,第三者に対して直接損害賠償義務を負担する理由はないとされました。
現在も交通事故の被害者の治療費の支払いに関し任意保険会社と医療機関との間で行われている「一括払い」が,行われていますが,それについては,「いずれは支払いを免れないと認められる範囲の治療費を一括して立て替え払いしている事実を指すにすぎない」としています。
医療機関(整骨院を含む)は,治療費の回収については「一括払い」は事実あるいはサービスに過ぎず,支払いが現時点であるからといって法的性格を有するものではないことを意識しておく必要があります。
また,このことは,被害者本人も同じ事が言えます。