将来の介護用具(車いす)について定期的に買い替えをすることを前提に算定し,将来の修理費用も算定に入れた判決です。
将来の車椅子(2台分)の買替分を5年毎の現価係数で認めたほかに,将来の修理費用を年額8万円(2台分)認めました。
【赤い本平成30年版p48の判決】
第4胸髄以下不完全麻痺(別表第1の1級1号)の会社員(男・固定時29歳)につき,室内用及び室外様合計2台の車椅子(2台分合計134万円余)を5年毎に買い替える必要があるとして買替費用合計432万円余,車椅子は適宜の修理が必要であるとして修理費用2台分年額8万円,合計145万円余を認めた。
東京地裁 平成21年10月2日判決
事件番号 平成19年(ワ)第11349号 損害賠償請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1816号(平成22年2月25日掲載)
【争点の前提となる事実】
(ア)第4胸椎以下の完全麻痺,知覚喪失,高次脳機能障害により「常に他人の介護が必要なもの」とされる後遺障害(自賠等級(別表第1)第1級1号の認定)があることから,胸から下の感覚が一切なくなり,下半身を動かすことができないため,日常生活において常に車椅子での生活を余儀なくされている。
なお,原告太郎は,妻とは離婚しており,両親は鹿児島市に在住し,妹も結婚して別に世帯を構えているため,現在は1人暮らしである。
(イ) 原告太郎は,自力で起きあがることができないため,通常のベッドではなく,介護用ベッドを使用している。
原告太郎の更衣の方法は,朝起きると,ベッドから車椅子に移乗し,車椅子に乗ったままの状態で足を組むようにして膝の高さまで足を上げて数分をかけて靴下をはき,次に,車椅子に乗ったままの状態でズボンを左右に動かしながら徐々に腰まであげていきながらはき,それからシャツ等を着る。
排尿については,原告太郎は,自律的にはできないため,30分以上かけてカテーテルを使用して自己導尿を行う。排便についても,自律的にはできないので,あらかじめ前の晩に下剤を飲み,翌朝,車椅子で便所に移動し,便器に移って排便するところ,簡単に排便はできないため,座薬を使ったり,マッサージをしたりして,2時間から3時間を要し,さらに体も汚れるため,その後は入浴をするが,汚れたまま移動するので,床に新聞紙を敷くなどしておかなければならない。排便は週に3回から4回程度行うが,外出中はできないため,排便をする日は,午前4時頃には起床しなければならない。
また,入浴するには,原告太郎は,車椅子で浴室まで移動し,バスボードの上に乗り移り,バスボードに座った状態でシャワーを浴び(ただし,その間は,車椅子がぬれないようにするため,車椅子を浴室外に押し出しておく必要がある。),その後,車椅子で寝室に戻ってベッドに移動し,鏡を見ながら身体に異常がないかを点検し,軟膏薬や乳液等を塗って身体の手入れをした後,パンツやシャツを着て車椅子に移動し,集尿器をつけてからズボンをはく。
食事については,原告太郎は,ご飯を炊いたりはするが,それ以外の食べ物については車椅子でコンビニエンスストアー等に行って購入してきている。
部屋の掃除については,原告太郎は,車椅子に座ったまま掃除機を掛けたりはできるが,手が届かないところもある。
原告太郎は,就寝時には,車椅子からベッドに移動して上半身をベッドに横たえるが,集尿器をつけている関係で,両足はそのまま車椅子の上にのせたままで就寝する。
外出については,原告太郎は,住んでいるマンションから駐車場まで車椅子で10分程度かかって移動し,自動車に乗り換え,自動車を利用して外出をしている。なお,外出する場合,車椅子用の手袋をしたり,室内に車椅子を乗り換えるスペースがないため,室内用の車椅子と外出用の車椅子の2台を使用できないため車輪を交換する必要があって準備が大変なため,なるべく一度に済ませるようにしている。
なお,原告太郎は,行政機関から介助者の援助を受けることを希望しているところ,実際に介助者の派遣を受けるには何年もかかるため,利用しづらいと感じているが,最近になって,行政機関からの紹介により,月に1回程度の割合でヘルパーを派遣してもらっている。
(ウ) 原告太郎は,後遺障害の影響により,下半身を全く動かすことができないため下半身の筋肉が骨化する症状があるほか,自力で排尿できないため慢性膀胱炎にも罹患していることから,毎月定期的に通院して医師の診察を受ける必要がある。
【判決の趣旨】
車椅子買替費用 432万9,101円
前記のとおり,原告太郎は,外傷性胸髄損傷及び頭部外傷の後遺障害により歩行することができないため,日常生活において車椅子が必要不可欠であるが,車椅子で生活する場合,室内用及び屋外用の2台の車椅子を使用する必要があると認められるところ,その購入費用(2台分)は134万6,030円であり,車椅子の耐用年数は5年程度であるから,平均余命約49年の間に9回(5年後,10年後,15年後,20年後,25年後,30年後,35年後,40年後,45年後),車椅子を買い替えることになるから,車椅子の買替費用は432万9,101円となる。
計算式:134万6,030円×(0.7835+0.6139+0.4810+0.3768+0.2953+0.2313+0.1812+0.1420+0.1112)=134万6,030円×3.2162=432万9,101円
車椅子修理費用 145万3,496円
車椅子は適宜の修理が必要であるが,原告太郎は,これまで車椅子を1台だけ使用し,平成17年3月22日から同年8月24日までの約5ヶ月の間に車椅子の修理費用として5万7,897円を支出していることが認められるが,2台を併用することを前提とすると1台当たりの使用頻度も減るから2台分の修理費用を前提としても現在よりは低額になる可能性もあることなどを考えると,1年間に必要な車椅子の修理費用は8万円と認められる。
したがって,症状固定時からの平均余命約49年(ライプニッツ係数18.1-687)の間に必要となる車椅子の修理費用は145万3,496円となる。
計算式:8万円×18.1687=145万3,496円
【コメント】
本件は,車椅子の将来の買替分を認めたほかに年額8万円の修理費用をも認めている点が注目されます。なお,これは抽象的に修理の必要性があるという理由のみならず,「これまで車椅子を1台だけ使用し,平成17年3月22日から同年8月24日までの約5ヶ月の間に車椅子の修理費用として5万7,897円を支出していること」という現実の修理の実績と金額が証拠で示された点が大きいと思われます。
しかし,1台あたり年額は,実際に要した修理費用から計算すると,5万7,897円÷5ヶ月×12ヶ月=13万8952円となり,その2台分からすると27万円余となります。
判決で認定した2台で年額8万円という金額とはかなりかけ離れています。
裁判所としては,修理の頻度が実際には必ずしも毎年と言うことではないという判断が前提にあったとも考えられます。