Q.将来の介護費用の金額は,近親者が介護するとしてどのような点を考慮して決まるのでしょうか。
いわゆる赤い本では,「近親者付添人は1日につき8000円。但し,具体的介護の状況により増減することがある。」とされています。
将来介護費用とは,後遺障害のために,被害者に治療が終了して症状固定となった後も,介護が必要な身体状況が残ったことにより生じる損害です。
高次脳機能障害,遷延性意識障害(植物状態),脊髄損傷等による後遺障害において,この点がよく問題となります。
2 被害者に対しての介護の分類は,どうなりますか。(クリックすると回答)
①介護される場所,つまり被害者がどこで生活するかです。これにより,自宅介護と施設内介護とに分かれます。
②介護をする人,つまり付添人がどういう人かです。これにより,近親者介護と,職業介護(職業付添人による介護)とに分かれます。
3 近親者介護の場合の将来介護費用は,どうなりますか。(クリックすると回答)
(1)(一般的)実務基準
訴訟基準を示すいわゆる赤い本2015年版p22では,「医師の指示または症状の程度により必要があれば被害者本人の損害として認める。」として「近親者付添人は1日につき8000円。但し,具体的介護の状況により増減することがある。」とされています。
なお,近親者付添人の将来介護費用を決める要素としては,以下の点があると考えられます。
①介護を受ける被害者の年齢
②日常生活における介護ないし介助の状況及びそのための住宅を含めた環境
③現実に介護を行う近親者の年齢と被害者との関係
④現実に介護を行う近親者の職業及び生活状況
⑤現実に介護を行う近親者の介護による拘束時間とその内容
金額の相場としては,2002年までは「1日につき6500円」であったのが,介護保険の開始以降は職業付添人の費用が高額化してきていたこととのバランスをとるために変更となったとされています。
しかし,近親者付添人(介護人)の場合と職業付添人を頼んだ場合の将来介護費用(日額)についてはまだまだ差が大きくあります。
その点について,職業付添人の費用には利益が含まれていること,プロの専門家によるサービスと肉親の情からのサービスとの間には性質,内容に違いがあることは否定できないからだと説明されることが多いのです。
だが,賠償額を増額させるために,あえて苦労の多い近親者介護を選ぶことはないはずです。
基準にとらわれすぎずに実態に応じた柔軟な対応をすべきだと考えます。
(2)裁判例を通しての具体的基準
一般的な基準では,介護の状況により増減があるとしております。介護の状況とは,常時介護か随時介護か,介護の具体的内容,拘束時間,危険性等の総合的なもので判断されていると思われます。
しかも,「常時」「1日」という抽象的なものではなく,もっと実質的な判断をしております。
①身体の大きな17歳男子の排泄障害等1級3号後遺障害の近親者介護料として母67歳まで両親二人分日額12,000円を認めた判決
(大阪地裁平成18年4月5日判決(確定)平成15年(ワ)第11955号 損害賠償等請求事件自動車保険ジャーナル・第1639号)があります。
この判決は,日額8,000円を超える「高額」事案として引用されることがあります。
しかし,被害者が若年であり,四肢麻痺と高次脳機能障害であることに加えて排泄障害がある状態から,両親の介護の苦労を考えると,決して「高額」とは言えないと考えます。
また,どうしても,職業付添人の相場との比較で,日額を決める傾向があるようにも思えます。
②「常時介護」=1級「随時介護」=2級という公式にとらわれずに,排泄障害を伴う後遺障害3級で随時介護としながら日額8,000円を認めた判決
(東京地裁平成21年11月12日判決(確定)平成18年(ワ)第5621号損害賠償請求事件自動車保険ジャーナル・第1816号)があります。
この場合には,実際に介護をする近親者である母親の年齢を考慮して近い将来に職業付添人に代わる可能性があることも理由になっています。
この様に,介護の実質を見る傾向は,反面では日額8,000円より下がる理由ともなり得ます。
③大阪地裁平成10年3月26日判決(控訴)平成7年(ワ)第13387号自動車保険ジャーナル・第1268号では,「被害者は,近親者一人の付添いが必要と認められる。もっとも,本件では,介護にかかる自宅改造費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めること等を考慮すると,介護の内容は相当程度軽減されると推認されるから,将来の近親者介護費用は,1日あたり2500円を相当と認める。」と自宅改造による介護負担の軽減が将来介護費用の減額の理由とされています。
(3)近親者介護という場合の「近親者」とは
近親者介護というと,どうしても親が子を介護する,あるいは子が親を介護する,配偶者間での介護という典型例ばかりが頭に浮かびます。
極端に言えば職業付添人以外はみんな近親者付添人ということになりそうです。
被害者の年齢や家族構成に応じて様々な例があり得ると思います。
兄弟姉妹,さらには従兄弟・従姉妹間,祖父母と孫,中には法律的には親族関係のないような配偶者の連れ子という同居人の場合も現実にはあり得ます。
問題は,ひとたび近親者付添人の将来介護費用で示談なり判決なり和解なりで解決したとして,介護する人は,その金額で被害者を生涯介護しなければならないと言うことです。
例えば,兄弟あるいは姉妹で介護をするされるの関係になったとして,職業付添人の介護を受けるだけの賠償金が近親者付添人基準でしか支払われていないのですから,その人は,職業付添人を雇うことはできません。
結婚あるいは,就職を断念するか,不足分を自己負担してでも職業付添人を雇うしかありません。
この様に極めて理不尽な結果が起こります。
近親者介護の主体の母67歳までは日額1万円,以降妹が主体となるが,「妹が就労して収入を得る道を奪われるべき理由はない」から,職業付添人の介護の可能性も加味して,日額職業人24時間介護費の「約7割に相当する2万7000円」で介護費を認めた判決があります
(千葉地裁佐倉支部平成18年9月27日判決(控訴和解)平成16年(ワ)第31号 損害賠償請求事件自動車保険ジャーナル・第1682号)。
この様な例からも,近親者付添人の将来介護費用の日額については,職業付添人の日額を前提として,現実に介護を行う近親者付添人の年齢及び被害者との関係,他の家族構成,さらに被害者の年齢等を総合考慮して,付添人のライフサイクルに配慮したものとする必要があります。