Q.夫と二人で年金生活をしている妻が死亡したら,妻の主婦としての逸失利益は認められますか。二人とも85歳ならどうですか。
年金生活者であったとしても逸失利益は認められます。
これは,家事従事者が高齢者である場合の問題です。
85歳の場合には年齢を考えて健康状態などによりますが,認められる可能性があります。
1 二人とも年金生活者である場合一般についてはどういう問題がありますか。 (クリックすると回答)
夫も年金生活者であると言うことは,夫には,年金以外に給与などの働いて得ることができる収入がないということです。
家事労働というのは,自分のためではなく同居の家族のために行うこととされています。
しかし,その家族,この場合には夫の労働の再生産に結びつくことまでは必要とはされていません。
つまり,夫と同居しているのであれば,夫のための家事労働をしていればそれだけで良く,夫が外で働いて収入を得る目的までは不要とされているからです。
従って,二人とも年金生活者であっても,妻のやっていたことは家事労働であり,逸失利益は認められます。
すると,仮に逆に夫が全く家事を分担していない場合に,夫が死亡したならば年金収入は別として,夫の逸失利益は,否定されることになります。
なお,妻が認知症などで家事ができず夫が家事及び介護を専ら行っていた場合には夫の逸失利益は,当然に認められることになります。
2 二人とも85歳である場合には,どのようなことが問題ですか。 (クリックすると回答)
三庁共同提言からすると,その年齢から考えると,家事「労働」ではなく,毎日の生活をしているとされて否定的になりそうです。
しかし,3人の独身の息子と同居していた89歳の女性に逸失利益を認めた判決(大阪地方裁判所平成12年6月9日判決交民33・3・962)は,息子たちのために家事労働をしていた実態問い,当時89歳女性の平均余命からすれば逸失利益は認められるとしています。
その点から考えれば,85歳女性の平均余命は8年はありますので,よほどの健康状態に問題があり,家事を夫が一切していたような場合でない限りは逸失利益が認められる可能性があります。
3 三庁共同提言では,どのように述べられているのでしょうか。 (クリックすると回答)
いわゆる年金生活者夫婦あるいは高齢者夫婦の主婦である妻の逸失利益は,三庁共同提言の該当部分の関連で問題となります。
なお,三庁共同提言とは,平成11年(1999年)に発表された東京・大阪・名古屋各地裁の「交通における逸失利益の算定方式についての共同提言」(判例タイムズ1014号62頁)のことです。
そこで家事従事者(多くは,主婦)の基礎収入の考え方を示しています。専業主婦の中でも設問の年金生活者夫婦あるいは高齢者夫婦に該当する問題について以下のコメントがあります。
適用例①夫と二人で年金生活をしている88歳の専業主婦
88歳という年齢及び夫と二人で生活をしていることを合わせて考えると,そこにおける家事労働は,もはや自ら生活をしていくための日常的な活動と評価するのが相当であるので,逸失利益は認められない。
適用例②と二人で年金生活をしている74歳の専業主婦
74歳の女性の平成9年における平均余命は14.34年であるから,少なくとも7年間は家事労働を行うことができ,これを金銭評価するのが相当である。
そして,年齢と生活条項を合わせて考えると,その間の家事労働を平均して金銭評価すれば,65歳以上の平均賃金の7割に相当する金額とするのが相当である。
4 三庁共同提言との関係をどう考えるかのでしょうか。 (クリックすると回答)
家事労働について逸失利益を考えると言うことは,その被害者が行ってきた家事労働を金銭評価することに他なりません。
その場合においては年齢等によって一律に決めることはできないと考えます。
家族構成やその方の健康状態,ライフスタイルなどから様々な形態があり得ます。
そこで,本人の健康状態・世話をする家族の構成や人数・他に家事をするものの人数・家事を行う時間及び内容・家族の健康状態,さらには同居はしていないが子供や孫との関係での役割など,その人の同居のみならず別居しているものも含めての家族の中での役割と果たしていた家事労働の実態を具体的に検討すべきだと思います。
実際の裁判例もそのような手法をとっていると言われています。
(新日本法規 事例解説高齢者の交通事故p53以下を参考としました。)