Q.遷延性意識障害(植物状態)の被害者の逸失利益に対して生活費控除をすることはできるのですか。

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A.

賠償側から生活費控除をすべきだと主張をすることもあり,それに沿った判決もあります。しかし,理論的にもあるいは個人の尊厳から見ても妥当ではないと考えます。

1 植物状態(遷延性意識障害)患者とは,どのような状態を言いますか。   (クリックすると回答)


次の状態が3ヶ月以上継続してほぼ固定している状態を言うとされています。

①自力で移動ができない
②自力で食物を摂取することができない
③糞尿の失禁がある
④目で物を追えるが認識ができない
⑤簡単な命令に応じることもあるが,それ以上の意思疎通はできない
⑥声は出るものの意味のある発語ではない

2 植物状態(遷延性意識障害)患者の生活費控除とは,どのようなものですか。  (クリックすると回答)


死亡の場合の逸失利益については,死者ですから生活費がかからないために生活費控除がなされます。

植物状態となった場合は,通常の生活とは異なり,その実態がなく,死亡の状態に近いために生活費を控除して逸失利益を考えるべきではないかという議論があります。

これは,植物状態(遷延性意識障害)患者の場合には,平均余命まで生存が可能かという議論と併せて,賠償する損害保険会社(共済)からなされることが多い論点と言えます。

3 生活費控除を認める見解は,どのような理由からですか。  (クリックすると回答)


植物状態の場合には,「介護や医療的措置を受け,逆に,これらの介護や医療的措置以外に必要とされる生活費はあまり想定できない状況にある。」というのが理由です。
しかし,生存している以上は,死亡の場合と同じ生活費控除率で行うのは好ましくないと言うことで3割にとどめているというものです(東京地裁 平成12年3月31日判決<出典> 自動車保険ジャーナル・第1351号)。

あるいは,植物状態の場合には,寝たきりであり労働能力再生産のための費用を必要としないという抽象的な理由で生活費控除を認める判決もあります。

また幼児の場合は「一般に必要とされる労働能力の再生産に要する生活費のうち,食費については流動食として病院における治療費に含まれ,その余の被服費,教養費,学費,遊興費,交通費,通院費,交際費等については,ほぼ支出を必要とせず,被害者の生活のために必要とされる支出は,治療費,付添看護費及び入院雑費にほぼ限られるものと考えられるから,被害者の逸失利益を算定するに当たっては,35%の生活費控除を行うのが相当である(広島地裁三次支部 平成21年5月1日判決)とするものもあります。

4 生活費控除を認める判決あるいは見解に対してどう考えるべきですか。  (クリックすると回答)


植物状態となった患者には,通常の人間としての労働能力再生産の必要性もなく,おしゃれや,教養,娯楽の必要性もないと言うことが生活費控除の理由付けになっています。極めてドライに言えばあり得なくはない主張かもしれません。

しかし,そのような主張が平然となされてそれを受けた判決が下されることに対して,底知れぬ冷たさのみならず,恐ろしさを感じます。

植物状態になった場合に,その人は,1項で挙げたとおりの状態にあります。しかし,記憶や感情まで失われているのかどうかは,脳科学がさらに発展すれば解明できますが,少なくとも現時点でも,死亡とは異なると言えます。
人間として生存しているのですから,音楽を聞いたり,詩や小説を音読して聞かせることが,良好な影響を与えると言うこともあります。

その点からすれば,通常の生活と同等かあるいはそれ以上の費用がかかるとも言えます。 私は,生活費控除を認める判決あるいは見解に対して,植物状態は脳死とは異なるという科学的観点から及び人間の尊厳とは何かという観点から,見てもいかがなものかと思われます。

なお,今回,生活費控除を認める判決を紹介しましたが,それが多数ではないと言うことです。
また,損害保険会社(共済)も,そのような主張をすることを憚るようになり,すべてが常に主張するのではなくなってきています。

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