Q.びまん性軸索損傷は画像所見ではどのように判断されますか。意識障害についてはどのように判断されますか。
交通事故による脳損傷には,脳挫傷,脳出血といった局在的脳損傷とは異なる,びまん性軸索損傷による場合があります。
急性期のみならず慢性期においても脳損傷を示す画像が得られない場合も多くあります。
そのため,意識障害のあったこと,その程度及び変化を証明することが重要です。
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脳損傷には,脳挫傷,脳出血といった局在的脳損傷とは異なるびまん性軸索損傷による場合があります。
そして,びまん性軸索損傷は,頭蓋骨骨折
(リンク)を伴わない場合も多くあります。
交通事故により頭部外傷を受けた場合に軸索が,びまん性(広範)に,切断されてしまうことにより生じるのが,びまん性軸索損傷です。
なお,軸索(axon)とは,神経細胞から伸びる1本の長い突起(神経繊維)で脳半球・小脳・脳幹・脊髄を結びつけるネットワークを構成する大変に重要なものです。
そして,びまん性軸索損傷により高次脳機能障害が発症するリスクが極めて高いとされています。
それにも関わらず,びまん性軸索損傷は,受傷時には局在的脳損傷と異なり,脳の出血が画像によっても見つけにくく,見落とされやすいという特徴があります。
2 びまん性軸索損傷の発症のメカニズムは,どういうものですか。(クリックすると回答)
減速または加速運動が頭部に生じたときに,脳をゆがめる力が働きます。
脳も部位によって硬さが異なっているために一様にゆがむわけではありません。
そのために組織のゆがみに差が生じて,断裂が発生します。
その結果,脳に一次性びまん性軸索損傷が発生します。
なお,この点については,言わば通説的な剪断力説に従っての説明です。
これに対して大脳皮質→大脳白質→脳梁→脳幹部と神経・血管損傷が脳の中心部に求心性に進行するという求心性連鎖説(Ommaya-Gennarelli仮説)もあります。
しかし,少数説あるいは異説とも言われているようです。
さらに,直接的な外力による一次性びまん性軸索損傷に対して,受傷直後保たれていた連続性が,3~12時間の経過で軸索腫脹(axonal swelling)が起こり,受傷後4時間以降に軸索が断裂していく,二次性びまん性軸索損傷という概念が最近は提唱されています。
二次性びまん性軸索損傷は,一次性びまん性軸索損傷から必然的に引き起こされるのか,何らかの病態が加重して起こる二次的変化であるのか,現時点でも不明とされています。
仮に,後者であれば,受傷後に治療法の存在する可能性が残されています。(「脳神経外科学Ⅱ」太田富雄編著 金芳堂 p1719)
3 高次脳機能障害が事故を原因とすると認定されるためのポイントは何ですか。(クリックすると回答)
高次脳機能障害が器質性脳損傷による,つまり交通事故を原因とされるためには,以下の4つが基本的なポイントとなります。
(1)頭部打撲・受傷
(2)頭蓋内の受傷(脳損傷を示す画像)
(3)障害残存画像(事故後の脳萎縮・脳室拡大を示す画像)
(4)受傷時の意識障害
(1)の「頭部打撲・受傷」があれば,多くの場合には(2)の「頭蓋内の受傷」が発症しており,それが脳挫傷,脳出血といった局在的脳損傷であればその受傷を示す「画像」が得られます。
そして,治療経過後に症状が残存している可能性を示すのが(3)の「障害残存画像(事故後の脳萎縮・脳室拡大を示す画像)」です。
しかし,びまん性軸索損傷に関しては,受傷時点では,(1)頭部打撲・受傷があっても,(2)頭蓋内の受傷が受傷時点での画像では明らかではないことが多いといわれています。むしろ,受傷時点の画像には異常が認められないことの方が多いともいわれています。
そこで,びまん性の場合においては,その有無や程度について,外傷後おおよそ3ヶ月以内で完成するとされているびまん性の脳萎縮・脳室拡大を示す画像,つまり(3)障害残存画像と,(4)事故直後の意識障害が重要となってくるのです。
4 びまん性軸索損傷の画像所見は,一般的にどのような推移をしますか。(クリックすると回答)
受傷直後でのCTおよびMRI画像において,一見正常と認められることが多いとされています。
それは,軸索断裂による影響が事故直後では,出現していないからです。
逆に,外傷直後のそれらの画像は,受傷前の脳の状況にほぼ近いとも言えます。
ところで,脳組織の一次性びまん性軸索損傷によって脳白質が損傷し,脳実質(中身)が全体として萎縮します。
そのために慢性期までに脳室拡大が起こります。
そして,慢性期までに脳室拡大が生じることから,画像から脳室拡大が認められるかが診断基準となります。
脳室拡大の確定のために3ヶ月,6ヶ月毎にCTおよびMRI画像を追っていくことが重要となります。
びまん性軸索損傷においては,ほぼ約3ヶ月で慢性期に入り画像所見は安定するために,画像上も3ヶ月はおろか,6ヶ月以降も脳室拡大が認められる場合には,水頭症や外傷以外の原因も疑われます。
脳室拡大の程度とびまん性軸索損傷の重症度は相関関係があり,さらに高次脳機能障害としての重症度にも密接に関係します。
つまり,一般的には脳室拡大に比例して高次脳機能障害の程度も重くなると言えます。
この時期の画像,障害が脳室拡大=脳萎縮の状態で残存していることを示す画像です。受傷を示す画像に対して障害残存画像と言うべきです。
5 びまん性軸索損傷において常に画像所見が得られるのでしょうか。(クリックすると回答)
症状が残存しているにも関わらず,通常のCT・MRIでは,画像所見(障害残存画像所見)が得られないことは現実にはあり得ます。
そこで,常に画像所見(障害残存画像所見)が得られないことを前提に,自賠責実務もスタンスを変え,そして裁判例も症状の推移と,そして何よりも受傷時に意識障害があったのか,それがどの程度であったかに重点を移してきています。
そうは言っても,通常のCT・MRIではない,PET・SPECT・拡散テンソル画像・FA-SPM・fMRI等による画像により自賠責認定あるいは訴訟の証明資料とすることは,現時点では難しいと言うべきです。
6 びまん性脳損傷における事故直後の意識障害には,どのような意味がありますか。(クリックすると回答)
頭部に加えられた外力が作用して脳神経の軸索を広範囲に(びまん性に)切断していくと考えられます。
その外力がどの程度のものであったかは(3)障害残存画像により脳萎縮・脳室拡大として,まずは客観的に判断されるのです。
しかし,障害残存画像では明らかではない場合には,意識障害の有無と程度が加わった外力(受傷機転)を判断するポイントとなります。
それは意識障害があったということが頭部に外力の加わった何よりも重要な現れだからです。
そして,意識障害の程度と時間と,その後の脳機能障害の程度とはほぼ比例関係にあるというのが現在でも定説と言えます。
自賠責のこの点での判断基準は次のとおりです。
①半昏睡以上の意識障害(JCSで3桁が,または,GCSで8点以下)が6時間以上続く
または
②軽症意識障害(JCSが2から1桁,または,GCSで13から14点)が1週間続く
問題は,自賠責の判断基準に達していない場合にも意識障害が認められるかです。
7 どの程度の意識障害があれば,びまん性軸索損傷を発症したと言えるのでしょうか。(クリックすると回答)
この問題は,現症としての高次脳機能障害が外傷性であることの因果関係の問題と言えます。
どの程度の意識障害があれば高次脳機能障害に至るかという意識障害の閾値(最低限の程度)が問題となっており,被害者の半昏睡ではないが,必ずしも清明ではない搬送途中の意識状態についても「一定の意識障害」とするとした判決例もあります。
これを争点とした判決例として次の記事をご参照下さい。
☆通常MRI・CTでの画像所見はなく自賠責非該当であったが高次脳機能障害7級を認めました。ただし,MTBI(軽度外傷性脳損傷)の事例ではありません。名古屋地裁 平成24年2月24日判決---交通事故賠償は,むさしの森法律事務所
従って,意識障害を要件としながらも,どの程度のものまでが含められるかが検討されるべきです。
JCSは,英語ではJapan Coma Scaleであり,3-3-9度方式ともいいます。
それは,3つの大分類に分け,さらにそれを3つの小分類に区分するため3×3の9のパターンとなるからです。
大分類つまり3つの群は,
Ⅰ 自発的に覚醒しているか
Ⅱ 刺激すると覚醒するか
Ⅲ 刺激しても覚醒しないか
という覚醒を軸にしています。
内容について,種々説明がありますが,分かりやすくすると,次のようになります。
大分類Ⅰ
自発的に
開眼:まばたき,動作または話している
(JCS0:意識清明)
JCS1:意識清明のように見えるが今ひとつすっきりしない
JCS2:何日か,どこにいるのか,または周囲の者(看護師,家族)が分からない
JCS3:自分の名前や生年月日が分からない
大分類Ⅱ 刺激を加えると
開眼,
離握手,または言葉で応じる
JCS10:呼びかけると,開眼,離握手,または言葉で応じる
JCS20:体をゆさぶりながら呼びかけると,開眼,離握手,または言葉で応じる
JCS30:痛み刺激を加えながら呼びかけると,開眼,離握手,または言葉で応じる
大分類Ⅲ 痛み刺激を加えても
開眼,
離握手,そして言葉で応じない
JCS100:刺激部に手をもってくる
JCS200:手足を動かしたり,顔をしかめる
JCS300:全く反応しない
9 GCS(Glasgow Coma Scale)とは何ですか。(クリックすると回答)
これは,意識障害の判定にばらつきがあったことを解消するために考案されました。
現在では頭部外傷の意識障害の分類に関して国際的に広く用いられています。
分類としては,開眼,言語の応答,運動機能の3要素を尺度の基本として,それぞれを4から6項目に分け,それぞれの項目毎に1点から1点刻みで点数を振り分けて,その合計点数で評価するものです。
15点満点で意識障害なし,つまり意識清明となります。
Ⅰ 開眼(4段階)
自発的に開眼する=4点
言葉により開眼する=3点
痛みの刺激で開眼する=2点
開眼しない。=1点
Ⅱ 言語の応答(5段階)
見当識正常=5点
会話がめちゃくちゃ=4点
不適切な言葉=3点
意味不明な音声=2点
発声なし=1点
Ⅲ 運動機能(6段階)
命令に従う=6点
痛みの刺激に対し手足で反応=5点
痛みの刺激に対して四肢を引っ込める=4点
痛みの刺激で手足を異常に曲げる=3点
痛みの刺激で手足を異常に伸展させる=2点
全く動かない=1点