Q.若い女性就労者の逸失利益において裁判所の基礎収入の考え方はどうなってるでしょうか。特に,アルバイト等非正規雇用で現実の収入が少ない場合はどうでしょうか。
アルバイト等で現実収入が少ない場合であっても,全年齢あるいは年齢別女子平均賃金で算定されます。また,専門学校・短大,大学を卒業している場合には学歴も反映されます。しかし,現実収入が少ない場合には,その理由により平均賃金から若干減額される可能性もあります。
いわゆる三庁共同提言以降の判決を検討します。
18歳から28歳までの9例がありました。
職種としては,無職で求職中,アルバイト,派遣社員などです。
なお,女性の場合には,結婚をしている等の関係から男性と比較して若年者の事例が少なく,特に25歳以上の判決例がほとんど見あたりません。
内容について,いくつかのポイントで以下に整理します。
1 全労働者(男女計)か女子労働者計か (クリックすると回答)
すべて女子労働者の平均賃金であり,全労働者(男女計)を用いたものはありません。
この点は,18歳以上で義務教育を終了していることから,やむを得ないかもしれません。
年齢別平均賃金が1例(①18歳女子死亡 名古屋地裁平成11年3月26日判決)7例が全年齢平均賃金です。
変則的なものとしては賞与を除いた月収について全年齢平均賃金とするものが1例あります(②19歳女子後遺障害1級 仙台地裁平成11年1月19日判決)。
年齢別平均賃金の1例についてですが,年齢が1歳しか違わない19歳女子について全年齢学歴計女子労働者の賃金月額としている(②仙台地裁 平成11年1月19日判決)ものとの違いが気になります。
①は,「中学校卒業後高校に入学したが1年半程度で中退したこと,以後はときどきいわゆるアルバイトをしたが本件事故当時は無職であったことが認められる。」という事案です。
これに対して,②は事故当時には無職ではなくアルバイトをしていたことが認められる事案です。結果として①年収188万9730円に対して②年収234万8400円となりますが,やむを得ないと言うべきでしょうか。
就業形態はともかく定職についていない場合には不利になる傾向があるようです。それ以外は21歳以上であるためかすべて全年齢平均賃金としています。
学歴別とするのが4例(③④⑥⑧),学歴計が5例(①②⑤⑦⑨)です。
大学卒業であれば学歴計よりも金額が高くなります。年齢にもよりますが,専門学校・短大卒業でも同じことが言えます。
③は,全年齢学歴別(短大卒)女子労働者平均の8割としています。
本件被害者は,本件事故当時,アルバイト店員として日給約5,811円でしたが,これは同性,同年代,同学歴の収入の7割3分程度に過ぎず,被害者はそのアルバイトを継続する意思はなく,むしろ,転職を希望していたところ,新たな就職先は面接を受けることが決まっていただけで正式に採用が決まってはいなかったことというものでした。
そこで,被害者の職歴,収入,将来の希望する職業,その就職の可能性等の事実に照らすと,被害者が生涯を通じて同性,同年代,同学歴の平均賃金を得られる蓋然性が高いとまで認めることはできないけれども,21歳と若年であり,専門学校卒業後2か月で本件事故に遭い就労が不能となった等の事情を考慮すれば,これから転職等を行うことにより同年代の労働者と同様,その収入が増加する蓋然性は高いと認められるとされたものです。
④は,年齢と実際の学歴に合わせて学歴別(高校卒)平均賃金としています。
⑥は,「高校を中退して時折派遣社員で就労」ということから学歴別(中学校卒)平均賃金としています。
⑧は,「アメリカの単科大学を卒業したものであって賃金センサス大学卒と同様の評価をすることができる」としていますが,
被害者は,「放送映像や映画の仕事に携わるという将来希望を実現するために,大学やアルバイト先といった場所で,技術・能力の開発途上にあって本件事故当時の年収入としては216万2,400円に留まる(平成12年度賃金センサス産業計・企業規模計・大卒女子の20~24歳の平均賃金の約72%)ことから,
大卒女子の平均賃金と同程度の収入に至るまでには,今少し年数を要するものと認められる。」として,
実収入から大卒女子とまでは行かないとして全年齢学歴別(大卒)女子労働者平均賃金の8割に留めたのでした。
4 基礎とする平均賃金から減額しているか (クリックすると回答)
減額しているものが3例あります。
①18歳女子死亡に関して名古屋地裁平成11年3月26日判決が高卒初任給の9割
③21歳女子1級3号に関して名古屋地裁 平成14年3月25日判決が全年齢学歴別(短大卒)女子労働者平均の8割
⑧25歳女子死亡に関して大阪地裁平成14年11月15日判決が全労働者学歴別(大卒)平均賃金の8割
①は,2でも述べましたように高校1年で中退し「定職に就いていない無職」の状況であったことが反映されて高卒初任給の9割にとどまったものです。
③は,3でも述べましたように現実収入が少なかったこと及び転職は希望していたものの面接を受ける前の段階であったことが影響していると思われます。
その点で⑤が事故前に正社員としての採用が内定していたことから,全年齢平均のまま認められているのとは対照的と言えます。
⑧は,3でも述べましたように現実収入が少なかったこと及び大卒と言っても途上にあり,大卒平均賃金までは認めることが難しい事案で,その8割にとどまったものです。
アルバイト等で現実収入が少ない場合であっても,全年齢あるいは年齢別女子平均賃金で算定されます。
また,専門学校・短大,大学を卒業している場合には学歴も反映されます。
しかし,現実収入が少ない場合には,その理由により平均賃金から若干減額される可能性もあります。
①18歳女子 名古屋地裁 平成11年3月26日判決
被害者=高校中退し,事故時無職であった18歳女子
被害状況=死亡
基礎収入=年齢別学歴計女子労働者年間平均賃金(つまり高卒初任給)の9割
②19歳女子 仙台地裁 平成11年1月19日判決
被害者=19歳女子アルバイト
被害状況=後遺障害1級
基礎収入=全年齢学歴計女子労働者の賃金月額
仙台地裁 平成11年1月19日判決
③21歳女子 名古屋地裁 平成14年3月25日判決
被害者=専門学校卒業2か月の21歳女子アルバイト
被害状況=完全麻痺などによる後遺障害1級3号
基礎収入=全年齢学歴別(短大卒)女子労働者平均の8割
④21歳女子 東京地裁 平成19年9月20日判決
被害者=21歳女子契約社員
被害状況=1級1号後遺障害者(遷延性意識障害,植物状態)
基礎収入=全年齢学歴別(高校卒)女子労働者平均賃金
⑤22歳女子 東京地裁 平成12年3月28日判決
被害者=スナックでアルバイトに従事していた22歳女子(ただし,ダイビングインストラクターとしてダイビング店に正社員としての就職が内定)
被害状況=死亡
基礎収入=全年齢学歴計女子労働者平均賃金
⑥22歳女子 大阪地裁 平成19年1月25日判決
被害者=22歳女子無職(ただし,高校を中退して時折派遣社員で就労しネイリストになることを希望)
被害状況=死亡
基礎収入=全年齢女子労働者学歴別(中学校卒)平均賃金
⑦24歳女子 札幌地裁 平成14年1月30日判決
被害者=短大卒業後,保母を経てアルバイトをしながらパソコン等資格を取得し就職活動する24歳女子
被害状況=死亡
基礎収入=全年齢学歴計女子労働者平均賃金
⑧25歳女子 大阪地裁 平成14年11月15日判決
被害者=25歳女子短大卒業後,アメリカ留学して単科大学を卒業。帰国後技術・能力の開発途上のためアルバイト
被害状況=死亡
基礎収入=全年齢学歴別(大卒)女子労働者平均賃金の8割
⑨28歳女子 大阪高裁 平成21年11月17日判決
被害者=28歳女子大卒派遣社員
被害状況=後遺障害2級1号(高次脳機能障害)
基礎収入=全年齢学歴計女子労働者平均賃金(事故に遭わなければ将来の就職及び婚姻等の可能性があったことから)