Q.給与所得者が,事故後の症状固定前に,退職したり,解雇されたりした場合に休業損害はどうなりますか。
症状固定前の解雇,退職があるのは,よくある話です。
その場合に休業損害が症状固定日まで認められるかどうか,実際には重要です。
この点について,交渉では認めさせることは困難なことが多いようです。
訴訟実務では,事故との間に相当因果関係が認められれば,賠償するとされています。
その場合には,解雇,退職の理由と傷害・後遺障害さらには職種が考慮されると考えられます。
被害者の退職又は解雇が事故により受けた損害又はその療養のための欠勤等を原因としてされた場合には,事故時から退職又は解雇の時までの賃金等の収入減が休業損害として認められるのは当然です。
その後も,障害の症状が固定するまでの間の収入減について,事故との間に相当因果関係が認められれば,賠償するとされています。
ただし,傷害の内容・程度,事故時からの傷害の回復状況,治療内容等に応じて,逓減方式(=段階的に下げていく方式)に基づいて退職等の時から症状固定時までの休業率を低減させることもあります。
また,再就職の難易や,再就職に必要な期間も考慮されます。
(交通損害関係訴訟 p145 佐久間邦夫・八木一洋 青林書院参照)
2 事故による欠勤を理由に解雇された場合は (クリックすると回答)
この場合は,1の考え方からすれば事故との間に相当因果関係が認められれば,賠償することが認められるものです。
「事故による欠勤を理由に解雇された場合」に「昨今の経済情勢,雇用情勢に鑑みると」直ちに就職できるものではないという結論になっています。
【いわゆる赤い本平成25年版p61,62の判決】→リンク
会社員(男・21歳)につき,事故による欠勤を理由に解雇された場合に,昨今の経済情勢,雇用情勢に鑑みると,原告のような新卒以外の者の就職は必ずしも容易ではなく,傷害が治癒したからといって直ちに就職できるものではないとして,治癒後3ヶ月程度まで事故前給与を基礎に認めた(東京地判平成14年5月28日)
なお,自動車保険ジャーナル・第1467号
3 事故による欠勤を理由に解雇された場合に昇給分はどうなるか (クリックすると回答)
解雇時の勤務先の昇給水準に依拠して症状固定までの見込まれる昇給を加味して休業損害を認めることがあり得ます。
しかし,勤務先の賃金体系,被害者の事故までの就労年数,実績等にもよるものと思われます。
【いわゆる赤い本平成25年版p62の判決】→リンク
会社員(男・45歳,左股関節及び膝関節の機能障害併合10級)につき,左股関節脱臼,左膝関節骨折などで症状固定まで5回の手術を受け約6年(2216日)入通院し,その間勤務できないことから事故から約3年2ヶ月後に勤務先を解雇されたとして,解雇時の勤務先の昇給水準に依拠して症状固定までの見込まれる昇給を加味し,5350万円余を認めた(札幌地判平成16年2月5日 控訴和解)
なお,自動車保険ジャーナル・第1564号
4 事故と解雇との因果関係が必ずしも明らかではない場合は (クリックすると回答)
解雇との因果関係は認めがたいが運転手としての職務に支障を来したことから症状固定までの休業損害の50%を認めた判決です。
この事例については,後遺障害が14級にしろ認められたことが影響したと思われます。
【いわゆる赤い本平成25年版p62,63の判決】→リンク
給与所得者(男・年齢不詳,14級10号)につき,運送会社を事故による受傷と相当因果関係ない解雇により退職したが,受傷により運転手として職務に支障を来したことは否定できない上,事故に遭わなければ事故後症状固定まで就労を継続していた高度の蓋然性が認められるとして,平均50%を休業損害として認めた(東京地判平成20年3月25日)
なお,交民集41巻2号440頁
(1)治療中に自主退職した場合に,事故前の収入によらず,賃金センサス年齢別平均で認められることがあります。
しかし,常に認められるとまでは言えるものではありません。
【いわゆる赤い本平成25年版p61の判決】→リンク
腰椎捻挫,頭部打撲,頚椎捻挫の傷害を負った会社員が,事故後に事故と相当因果関係が認められない自主退職をした場合の退職後の休業損害について,事故前の収入によらず,賃セ男性学歴計30歳から34歳平均を基礎にした(東京地判平成10年10月14日)
(2)事故後に一旦は復職したものの結局は退職した場合に,受傷のために退職がやむを得ない,つまり相当因果関係があるならば認められます。
【いわゆる赤い本平成25年版p62の判決】→リンク
外語学院のドイツ語教師(男・固定時60歳)につき,休職後復職したものの,事故により階段の昇降等が不自由になり,電車による通勤が困難になったため勤務先を退職したとして,事故前の現実収入を基礎に,事故の翌日から退職後である症状固定まで認めた(東京地判平成14年11月26日)
なお,交民集35巻6号1568頁
(3)事故後一度は退職した会社に復職した場合については,職種によっては,その期間の休業損害が認められることがあります。
【いわゆる赤い本平成25年版p62の判決】→リンク
事故の2ヶ月前に就職した重機オペレータ(男・事故時49歳,左足関節機能障害10級)が,事故後まもなく退職し,その後入院を経て再度同じ会社に就職した場合に,事故前月の給与を基礎に,事故後の401日間100%,その後復職まで165日間63%(症状固定時における労働能力喪失率27%と100%の平均)余を認めた(東京地判平成18年2月20日 確定)
なお,自動車保険ジャーナル・第1668号
(4)自主退職となっているものの実質は解雇に近い場合には,相当因果関係を認めることは難しくはないと思われます。
【いわゆる赤い本平成25年版p62の判決】→リンク
受傷後当分の間出社見込みが立たなかったため,立場上事故の10日後に自主退社せざるを得なかった調理師見習アルバイト(男・固定時23歳,歯牙障害13級4号)につき,実際に就職活動を開始してから約1ヶ月で就職できたこと等を考慮して,事故から約4ヶ月弱について認めた(東京地判平成18年3月28日)
なお,自動車保険ジャーナル・第1650号(平成18年8月10日掲載)
6 退職又は解雇と事故との間の相当因果関係の存在が立証されたとまで認めがたい場合は(クリックすると回答)
交通事故が退職又は解雇に何らかの影響を与えたことが否定できないような場合には,慰謝料算定の事情として斟酌する余地があるとされています。
(交通損害関係訴訟 p145 佐久間邦夫・八木一洋 青林書院参照)