Q.いわゆるMTBI(軽度外傷性脳損傷)に対する裁判所の対応はどうでしょうか。
まず,最初にお断りしなければならないのは,MTBI(軽度外傷性脳損傷)というものが,医学的に存在するか,しないのかについては,
お答えする立場でもないし,お答えする能力もありません。
すなわち,司法の場での流れをお示しするだけであります。
なお,判決例に対して,批判する意図も擁護する意図も,それもまたありません。
ただ弁護士として,現状を考えると案件として勝っていくのは厳しいということだけを申し上げます。
以下に平成22年11月以降の判決例を挙げてみました。
全て負けています。意図的に負けたものを挙げているわけではありません。
なお,意識障害が軽度でも高次脳機能障害と事故との因果関係,つまり,外傷性脳損傷であることを認めているものもありますが,
それは「一定の意識障害」があったものであり,同列には論じることはできないと考えます。
上記の判決はこちら→
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なお,この判決は,いわゆるMTBI(軽度外傷性脳損傷)についての医学論争に対して裁判所が軍配を上げたものではありません。
そもそも,そのようなMTBI(軽度外傷性脳損傷)に関連する主張をしたものではありません。
外傷性としての因果関係の要件としての意識障害を認めたという,言わばオーソドックスな手法です。
裁判所が,MTBI(軽度外傷性脳損傷)について被害者側の主張を退けているポイントは,意識障害が無いという点です。
時折,画像所見がないために認められないという表現を目にしたり聞くこともあります。
しかし,画像所見による脳の器質的変化が認められなくとも外傷性として因果関係を肯定した判決は多くあります。
MTBI(軽度外傷性脳損傷)について裁判所は画像所見のみならず意識障害もないために主張を退けているのです。
つまり,裁判所は,「意識障害が無い」(中には,意識清明とまで言い切っているものまであります)という一言で,外傷性脳損傷の主張を退けていると言えます。
軽度外傷性というくらいですので,意識障害はないかあるいは弱い場合でしょうから,これでは,全て認められないと言っているようなものです。
なお,意識障害の判断基準についてWHO基準を採用するかどうかも争点となっていますが,WHO基準を前提としてもその基準にも該当しないという切り捨て方をしています。
また,アメリカ防疫センター(CDC)基準に関しても同じようです。
次に,障害残像画像についてもMRI及びCTを必要とする流れは動かないようです。
東京高裁判決平成22年11月24日自動車保険ジャーナル1837号
大阪地裁判決平成23年2月25日自動車保険ジャーナル1858号
東京地裁判決平成23年3月24日自動車保険ジャーナル1851号
名古屋地裁判決平成23年5月13日自動車保険ジャーナル1853号
最高裁判決平成23年10月25日自動車保険ジャーナル1862号
東京高裁判決平成23年8月30日自動車保険ジャーナル1856号
大阪地裁判決平成23年9月29日自動車保険ジャーナル1866号
仙台地裁判決平成23年11月28日自動車保険ジャーナル1869号
東京地裁判決平成24年4月26日自動車保険ジャーナル1877号(控訴中)
実際にそれらには写らずにMR拡散テンソル画像(クリック),FA-SPM(クリック)あるいは,PET,SPECTでの異常(数値低下等)があった場合についても,全く考慮の対象にもしていないようです。
さらに,神経心理学検査をはじめとした諸検査結果において,何らかの正常値を下回るあるいは上回る結果が出たとしても,それらも意識障害と画像の問題をクリアしていないとして,全くそれ自体を考慮していないと言えます。
判決例は,必要な方が必要な範囲でお読み下さい。
1審東京地裁 平成22年4月23日判決
原告らが救急搬送されたA病院の診療録には、本件事故の現場に出動した救急隊による検査では原告らの意識レベルはいずれも「清明」であったこと、
A病院救急部で行われた検査では日本昏睡尺度(JCS)で「0」、グラスゴー昏睡尺度(GCS)で15点(E(開眼)4点、V(言語)5点、M(運動機能)6点)であったことが記載されているほか、
いずれも意識消失がなかったとされている。
(中略)本件事故の衝撃はそれなりのものがあったということはできるとしても、
先に見たとおり、原告甲野のGCS(V)は最高点の5点で、これは「見当識がある」ことを意味するから、
結局、原告甲野に「受傷後に混迷または見当識障害」があったとは認められない。
また、本件事故当日の原告らの診断結果(神経学的診断によっても、脳神経症状は確認されなかった。)や、
その当日には両名とも稼働先のレストランに出勤したこと等を考慮すると、事故から24時間未満において「外傷後健忘症」や「短時間の神経学的な異常」があったとも認め難い。
そうすると、結局のところ、本件事故後の原告らには、受傷後の混迷または見当識障害、30分以内の意識喪失、24時間未満の外傷後健忘症、局所徴侯、痙攣等の短時間の神経学的な異常のいずれも認められないから、
原告らは、WHOが定義する軽度外傷性脳損傷に該当しないことになる。
2審 東京高裁判決平成22年11月24日
本件事故により控訴人らに上記の意識喪失等が生じたと認められないことは原判決の説示するとおりであるから、
WHOの診断基準やアメリカ・リハビリテイション医学会の診断基準では、控訴人らは、軽度外傷性脳損傷には当たらない。
また、控訴人らには脳室拡大・脳萎縮等の画像所見も認められていないのであるから、
意識障害と画像所見を診断の重要なポイントとする委員会見解によっても軽度外傷性脳損傷には当たらない。
原告は、本件事故後の14時10分にB病院に救急車で搬入された。
この時点で原告を診察し、本件カルテに記載をしたのは丁山医師であること、同カルテには、原告の搬送時の状況として、事故の記憶が全くないこと、
診察時、後頭部に傷があり、腫脹及び頭痛があることの他、
「意識は清明」(以下、この記載を「本件意識記載」ともいう。)、「14°10'BD112/70血圧」との記載がある。
なお、原告は、14時30分には、MRI検査を受けている。
また、看護記録の冒頭には、原告を搬入した時に救急隊員が、原告は、本件事故当日の午後プールに行こうと走行中、バイクと激突し、受傷したという話をしていたとの記載
及びB病院における診察の結果、原告には、頭痛、後頭部裂創2か所、全身打撲痛があったとの記載がある。
原告は、本件事故直後、いったん降車して原告車両が前車に玉突き衝突をしていないことを確認した上、原告車両を歩道脇の車線に移動して、110番通報をし、
また、付近のコンビニエンスストアで被告乙山の運転免許証をコピーした。
原告は、警察官が臨場して実況見分を終えるまでの間、気を失いそうに感じていたことなどから、警察官と話をした上、原告車両内で安静にしていたが、
これらが終了した後、とりあえず予定されていた商談に赴いた。
H病院脳神経外科の戊田五郎医師(以下「戊田医師」という。)は、頭部MRI及び頭部MRAでは、外傷性変化は認められないが、
頭部MRIの拡散テンソルトラクトグラフィーでは、帯状回は右側が全体的に描出不良で、脳弓は柱部がやや描出不良であると判断した。
また、ECD-SPECTでは、左縁上回及び両側後頭葉円蓋部に軽度の局所血流低下が認められ、
FDG-PETでは、両側縁上回及び両側前頭葉底部内側の限局した部位に局所糖代謝機能低下が認められると判断した。
そして、戊田医師は、拡散テンソルトラクトグラフィー及びFDG-PETの結果から、脳の器質的損傷の存在が強く示唆されると判断した。
本件事故後、被告は被告車から降りて原告車の方に行き、原告車のドアの窓ガラスをたたいたが、原告は車内から出てこなかった。
原告は、事故に遭ってしまったというショックと衝撃で呆然としていた。
原告は、その後、本件事故現場に来た救急車には、自分で歩いて乗り込んだ。
原告は、救急車で、本件事故日である平成19年10月15日の午後8時34分(本件事故が同日午後7時40分ころであるから、その約54分後)にB病院に搬送されたが、意識は清明であった。
上告棄却
2審東京高裁 平成23年5月18日判決
WHOの診断基準は、要旨次のとおりである。
ア 第1要件受傷後に混迷又は見当識障害、30分以内の意識喪失、24時間未満の外傷後健忘症、またはこれら以外の短時間の神経学的異常があること。
イ 第2要件外傷後30分後ないしは後刻医療機関受診時のGCS(グラスゴーコーマスケール)の評価が13点から15点に該当すること。
ウ 除外項目上記の症状が、以下の事由によりもたらされたものでないこと。
(ア) 薬、アルコール、処方薬
(イ) 他の外傷又は他の外傷の治療
(ウ) 心的外傷、言語の障壁、同時に存在する疾病
(エ) 穿孔性頭蓋脳外傷
そこで、上記のWHOの診断基準に沿って控訴人が本件事故により軽度外傷性脳損傷に罹患したかどうかを検討する。
ア まず、第1要件について、控訴人は事故にあった後、意識を失い、気付いた時には病院のベッドの上であった旨供述している。
しかしながら、B病院の戊田五郎医師作成の診断書によれば、控訴人の初診時の意識障害はなかったとされていることが認められ、
控訴人の上記供述は客観的な裏付けを欠くものということができる。
イ 次に、第2要件についてみると、本件全証拠によっても、控訴人につき本件事故に関し上記第2要件が満たされたと認めることはできない。
かえって、B病院における状況は、上記のとおり意識障害がないということであり、このことからすると、第2要件を満たすような状況にはなかったことがうかがわれる。
①平成22年3月24日に実施されたMRI検査において、控訴人一郎の前頭葉及び側頭葉に萎縮が認められたものの、H病院が、
本件事故から約1年6月経過後の平成13年2月23日(本件転倒事故の翌日)に実施した頭部CT検査では上記の萎縮は確認されていないのであって、
控訴人一郎が本件事故によって軽度外傷性脳損傷を負ったことについては、頭部画像診断による客観的な裏付けが存在していないといわなければならない。
辛田医師は、軽度外傷性脳損傷と診断するために、頭部画像診断によって脳室拡大、脳萎縮等が確認されることは必ずしも必要ではないとの見解を有するところ、
画像診断以外の点を検討しても、
①辛田医師は、控訴人一郎が本件事故により脳損傷を負ったことの根拠として、受傷時意識を喪失していたことを挙げるが、
E病院の診療録には、控訴人一郎が同病院に搬送された際の意識状態に係る記載はない上、看護記録には、入院直後、控訴人一郎が「首と腰が痛い」などと述べていた旨の記載があり、
また、控訴人一郎自身、本件事故直後の記憶はないと供述する一方で、搬送途中の救急車の天井が見えたことや搬送途中の国道の曲がり角の状況を覚えているとの供述もしていることなどによれば、
当時、控訴人一郎に意識障害はなかったと認められること、
②E病院において、控訴人一郎が睡眠中に寝返りをしていることが繰り返し確認されていること、
また、控訴人一郎が、歩行器を使用してトイレに行ったり、平成12年4月頃には、松葉杖を使用して8㍍程度歩行したりするなどし、
その症状は軽快傾向にあったこと、
③F病院が平成11年12月6日に実施した筋電図検査において、被検神経に異常は認められなかったこと、
④平成11年11月から平成12年2月までに実施された徒手筋力検査において、下肢の筋力は5から4-までと評価され、
また、左手の握力も30㌔㌘程度は維持されていて、右手に比し著しい筋力低下はなかったことが認められ、控訴人一郎の本件事故後のその他の状況、
特に、控訴人一郎の本件事故に近接したE病院における症状及び入院状況を検討しても、同控訴人が本件事故により軽度外傷性脳損傷を負ったと認めるのは困難といわなければならない。
ア 原告は、本件事故後である平成16年4月8日午前11時までの間に、夫である甲野一郎(以下「一郎」という。)に、電話で本件事故が発生したことを連絡したが、
特に、言っていることが分からないということはなかった。
また、原告は、現場で、丁山と事故の状況について話をし、現場に臨場した警察官にも話をしている。
原告は、警察官に被告車の速度が出ていたのではないかと尋ねたが、警察官は、そんな問題ではなく、直進が優先である旨答えた。
原告は、事故現場で、丁山に断って、被告車のバンパーを確認した。
さらに、原告は、同日、後部から強い衝撃を受けた、衝突後は意識が遠のいたようで記憶がない、
気がついた時、割れたガラスの破片が車内に散乱し、車外を見ると、丁山が、警察官に歩きながら身振り手振りで事故状況を説明していたことは覚えている旨、一郎に告げた。
同月20日、原告は、現場で、警察官立ち会いの下、丁山と話をしている。
イ 原告は、本件事故当日である平成16年4月8日、B病院で受診し、頸椎捻挫、腰部打撲と診断され、特に自覚症状はなく、経過観察とされた。
本件事故の態様、原告の本件事故直後についての供述、被告車が車両重量4,610㌔㌘、最大積載量3,250㌔㌘、車両総重量7,970㌔㌘であり、
原告車が車両重量670㌔㌘の軽自動車であったことを前提とすれば、原告が混迷の状態にあったと解する余地はある。
しかし、原告が、本件事故によって脳に損傷を受けたことを裏付ける画像所見はない。
そして、原告が、平成17年1月に受けたMRIでは、出血、浮腫などの病変は認められていないから、何らかの損傷があったとすれば脳実質以外の軸索の損傷が想定されると解されるところ、
それによる障害は、損傷が生じた時点すなわち受傷した時点で発生し、その時点で症状が最も重く、その後徐々に回復していくという経過を辿るのが一般であると解されるところ、
原告の症状は、別件訴訟の係属中に比して、重くなっているのであり、
この点を考慮すると、前記WHOの基準によるとしても、原告の症状が、本件事故によるMTBIによるものであると解することは困難である。
MR tensor image(注:磁気共鳴拡散テンソル画像)における左後部帯状回の描出不良、FA-SPM image上の所見は、脳に器質的損傷が存在する可能性を示唆するものであること、
FDG-PET、ECD-SPECTにおける円蓋部中心に散在する代謝低下は、うつ状態などの機能的障害を示すものであり、
FDG-PETにおける左前部帯状回の局所糖代謝低下はびまん性軸索損傷で比較的典型的な所見とされていること、
午山十六郎医師は、以上の点から、厚生労働省基準に合致するとみなし、
「頭部外傷後高次脳機能障害」として診断可能と判断したことが認められる。その前提とする検査結果も、本件事故時から6年以上が経過した後のものであること、
前記の各種の画像についても、非器質性の精神障害等のMTBI以外の原因に由来する可能性を完全に否定するものとは必ずしもいえないこと、
前記各種検査は、それらのみでは、脳損傷の有無、認知行動面の症状と脳損傷の因果関係、障害程度を確定的に示すものではないと見られることを考慮すると、
原告の現在の症状と本件事故との間に相当因果関係を認めることは困難である。
以上によれば、原告の本件事故による傷害を、MTBIと認めるのは困難であり、原告の傷害は、本件事故直後に診断を受けた頸椎捻挫、腰部打撲に過ぎないというべきである。
そして、原告の症状、治療経過に照らすと、本件事故との間に相当因果関係のある原告の症状は、頭痛、両上下肢痛、しびれ、めまい、嘔気等であり、
それ以外については、本件事故による外傷が原因であると認めるのは困難である。
CT検査及びMRI検査から認められる原告の脳の異常は右頭頂部前頭葉の急性硬膜外血腫と左淡蒼球の小低信号域のみであるところ、
原告には、急性硬膜外血腫が脳実質を圧迫することによって生ずる脳実質の損傷を裏付けるような意識障害、頭痛、嘔吐等の症状はみられず、
また、T2強調像における左淡蒼球の小低信号域についても、びまん性軸索損傷の慢性期における所見とも異なり、
その原因としては先天性の海綿状血管腫も指摘されており、本件事故による脳実質の損傷を裏付けるに足りないのであって、
そのほか、びまん性軸索損傷が生じた場合には通常伴うとされる受傷後の意識障害についても原告においてこれが生じたとは認められないこと等も併せると、
本件事故によって原告に右脳損傷ないしびまん性軸索損傷が生じたと認めることは困難である。
第3事故から6年以上も経過した後に受診したM病院において撮影された脳画像のうち、MRテンソル画像及びFA-SPM画像の所見について、
脳の器質的損傷の存在を示唆し、FDG-PETの所見はびまん性軸索損傷として矛盾のないものであるとの報告がされているのであるが、
同報告においても、MRIについては、明らかな器質的損傷はないとされている上、MRテンソル画像については描出不良、
FA-SPM画像についてはFA値に低下域が見られ、
FDG-PETについては脳糖代謝低下が見られると指摘するにとどまっており、
事故から6年半も経過した後の画像であって、それまでのすべての画像では一切異常所見が認められなかったこととの関係について合理的な説明がされているとはいえないこと、
ECD-SPECT所見は抑うつ状態として典型的な所見を示し、原告の症状には機能的障害も含まれていることも併せて指摘していることなどを踏まえると、
M病院の上記報告をもって脳の器質的損傷の存在を裏付けるものということはできない。
結局、本件においては、脳の器質的損傷を裏付けるような画像所見はないものというほかはない。
次に、辰田医師は、原告が、少しぼうっとする感じ、もわっとした感じ、他人の声が遠くに聞こえた気がしたなどと述べるところをとらえて意識障害が認められるとする。
しかしながら、原告のそれらの供述は、第3事故から約3年半も経過し本件訴訟提起後になって受診した際の同医師による診療結果や同じく本件訴訟提起後に作成された陳述書等によるものにすぎない上、
本件各事故の直後の診療録を精査しても、原告が本件各事故の直後にそのような意識障害を訴えていたような形跡はないのみならず、
かえって、前記認定のとおり、本件各事故の直後には、警察官、乗客及び相手方運転手と適切に対応していたこと
(なお、第3事故の直後には、相手方が逃げないように相手方車両からタクシーカードを外すなどの行動にも及んでいる。)が認められるから、
意識障害がある旨の原告の上記供述は採用できない。したがって、本件各事故により意識障害が存在したものとはいえない。