Q.後縦靱帯骨化症による素因減額と脊柱管(狭窄率)占拠率の関係はどうですか。
後縦靱帯骨化症による素因減額は無症状であったとしてもなされます(いわゆるOPLL最高裁判決)。
後縦靱帯骨化症(ossification of posterior longitudinal ligament
OPLL)とは,脊椎の椎体および椎間板の後面にあり脊柱の前壁をなす後縦靱帯が肥厚・骨化し,脊髄を徐々に圧迫して脊髄症状を引き起こす疾患です。 2 後縦靱帯骨化症と素因減額の関係は (クリックすると回答)
既に,最高裁判決(いわゆるOPLL判決)において判断されており,判例となっているところです。 3 狭窄率(占拠率)とは何か,なぜ問題となるのか (クリックすると回答)
脊柱管前後径に対する骨化巣の厚みの割合を狭窄率(占拠率)と呼び,40%を超えると脊髄症が発生しやすいとされています。
(1)素因減額をしなかった判決例
概観ですが,最高裁判決に従って素因減額が5割のものが主流と言えます。素因減額を3割にとどめた最近の大阪地裁平成21年6月30日判決については,狭窄率(占拠率)では5割としても不思議ではない事例でした。
(狭窄率)占拠率は,その素因減額の有無あるいは程度を決める重要なものです。
日本人には外国に比べて多く,発生頻度は男性約4%,女性約2%となっております(日本人全体3%,ちなみにアメリカ人0.12%)。
特に,頚椎の後縦靭帯骨化症は深刻です。
頚椎後縦靭帯骨化症は,頚椎椎体,椎間板の後面にあり脊柱管の前壁をなす後縦靭帯が肥厚,骨化し,他椎間にわたり連続性に発症すれば,頚椎の運動制限が起こるほか,骨化が増大し脊髄を緩徐に圧迫すると脊髄症状を引き起こし,外傷等がなくても終には重篤な四肢麻痺を起こす慢性進行性の疾患であり,厚生省指定の難治性疾患の1つとされています。
該当部分は以下のとおりです。
「民法722条2項の規定を類推適用し、損害賠償額を定めるにあたり、原告が罹患していた頸椎後縦靱帯骨化症を斟酌し、損害額の5割を被告に負担させるのが相当である(最高裁第3小法廷平成8年10月29日判決、交通事故民事裁判例集29巻5号1272頁」
なお,この判決において頸椎後縦靱帯骨化症の症状が発現していなかった事案についても、民法722条2項の類推適用して、損害の額を定めるにあたり、同疾患を斟酌すべきであるとしたものです。なお,こちらも(クリック)
すると,狭窄率(占拠率)が40%を超えている場合には,最高裁判決(いわゆるOPLL判決)によれば事故前に症状が発現していなくとも,つまり無症状であったとしても素因減額の対象となるのです。
その点から,狭窄率(占拠率)は,問題となるのです。
狭窄率(占拠率)とは,脊柱管前後径(A)に対する靱帯骨化巣の厚さ(B)の百分率です。
つまり,B/A×100%です。なお,頚椎側面像により判断します。
大阪地裁平成10年10月30日判決
事件番号 平成9年(ワ)第9397号 損害賠償請求事件
<出典> 交民集31巻5号1632頁
○54歳男子 後遺障害不明
○素因減額無し
○狭窄率(占拠率)
単純レントゲンでは頸椎後縦靭帯に骨化を認め、その領域は第3頸椎レベルから第6第7頸椎レベルであり、その程度はCT検査によると脊柱管占拠率約50%の骨化である。本件事故前の発症については、原告から、本件事故による受傷前には頸椎後縦靭帯骨化症の諸症状を有していたとの申告を得ていない。
後遺障害に対する寄与については、後遺障害に後縦靭帯骨化の寄与はほとんどないと考える。
その狭窄程度は、第1頸椎と第2頸椎レベルでは約10%、第3頸椎レベルでは30%、第4頸椎レベルでは30%、第5頸椎レベルでは50%であった。本件事故前の発症については、本件事故前にはしびれはなかったと述べているから、後縦靭帯骨化症の症状はなかったと考えられる。
(2)素因減額5割とした判決例
①大阪地裁平成13年10月17日判決(確定)
事件番号 平成12年(ワ)第348号 損害賠償請求事件
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1459号(平成14年9月19日掲載)
○57歳男子現場にも従事する会社代表
○自賠責後遺障害等級で6級5号(脊柱に著しい奇形又は運動障害を残すもの、本件では頸椎部の著しい運動障害)、7級4号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの、本件では脊髄損傷)による併合4級の認定を受けた。
○素因減額5割
○狭窄率(占拠率)
第4、第5、第6頸椎レベルの脊柱管の横断面で後縦靱帯骨化部が占める占拠率は、50%以上である。頸椎単純レントゲン像を見ても側面像で頸椎脊柱管の有効前後径は2分の1ないし2分の1以上に狭窄している。
②大阪地裁平成24年9月19日判決(控訴中)
事件番号 平成21年(ワ)第3277号 損害賠償請求事件(①事件)平成21年(ワ)第5716号 求償金請求事件(②事件)
<出典> 自保ジャーナル・第1887号 (平成25年2月14日掲載)
○症状固定時46歳男子公務員
○後遺障害等級5級2号(神経系統の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)
○素因減額5割
○狭窄率(占拠率)
骨化の厚さ7㍉㍍、有効脊柱管前後径7㍉㍍、骨化占拠率50%に至っていた
(3)素因減額5割より小さい判決
①大阪地裁平成16年9月22日判決(控訴中)
事件番号 平成15年(ワ)第11798号 損害賠償請求反訴事件
<出典> 自動車保険ジャーナル・第1588号(平成17年5月12日掲載)
○43歳男子公務員バス運転手
○自動車保険料率算定会(現・損害保険料率算出機構。以下「自算会」という。)により、脊柱の運動障害が後遺障害等級(平成13年政令第419号による改正前の自動車損害賠償保障法施行令別表。以下、同じ)8級2号に、頸部神経症状が12級12号に該当
○素因減額4割
○狭窄率(占拠率)頸部X線撮影やCT検査によると、原告の手術前における脊柱管狭窄の程度は、第2/第3頸椎で脊柱管前後径9㍉㍍、第3/第4頸椎で脊柱管前後径10㍉㍍であり、一般的に12㍉㍍以下が絶対的狭窄とされているので、原告の場合はこれに属する。また、狭窄率(脊柱管前後径に対する骨化巣の厚みの割合)は、第2/第3頸椎で44%、第3/第4頸椎で50%、第4/第5頸椎で36%であり、30~60%程度で、あるいは50%以上の狭窄率になると、何らかの脊髄症状が出現するといわれており、原告はこれにかなり近い状態であった。
②大阪地裁平成21年6月30日判決(確定)
事件番号 平成18年(ワ)第7084号 損害賠償請求事件(A事件)平成18年(ワ)第8940号 損害賠償請求事件(B事件)
<出典> 自保ジャーナル・第1815号(平成22年2月12日掲載)
○58歳男子会社員
○後遺障害1級1号
○素因減額3割
本件事故前の約1年間のうちに後縦靱帯骨化症がかなり進行していたことも窺えるところであって、同原告の受傷及び後遺障害に対する素因減額を否定するのは困難と言わなければならない。しかし、一方で、本件事故態様からすると、後部座席で無防備で眠っていた原告が足下に勢いよく転落させられて頸髄損傷を生じた可能性もそれなりに高いと判断できる事情も総合勘案し、脊柱靱帯骨化症が本件事故に寄与している割合、すなわち素因減額割合については、3割と認めるのが相当である。
○狭窄率(占拠率)
本件事故前(平成15年4月15日)撮影のMRI写真によると、同原告の頸髄の前後径は5ないし6㍉㍍であり、最も狭い部分(C5/6部分)の狭窄率は50%であった。
しかし,外力が大きかったこと,さらには,1級1号と重度後遺障害であることも影響したのかもしれません。
素因減額4割とした大阪地裁平成16年9月22日判決(控訴中)は,50%に近いというレベルでそれを超えていないことが4割にとどめた理由と思われます。
素因減額無しとした大阪地裁平成10年10月30日判決は狭窄程度が第5頚椎レベルのみが50%と言う点を重視したのかもしれません。