Q.効果がなかった治療費だとして支払いを拒まれているのですが,どうしたらよいのでしょうか。
ある傷病名を付けて医師が治療したが,結局は,その傷病名が正しくなかったと言うことは,珍しくはありません。
例えば,骨折の疑いで治療をしたものの,骨折ではなかったということは,比較的経験することです。
そのような場合には,結果的には無駄な治療だったからと言うことで,治療費の支払いを拒まれてしまったのでは,被害者はたまりません。
通常は,医師の指示に基づいた治療費の支出なので,支払いを拒まれることはありません。
問題は,医学上の論争がある治療方法をめぐって生じます。
具体的には,低髄液圧症候群,脳脊髄液症のブラッドパッチ療法が典型例です。
1 ブラッドパッチ療法の治療費をめぐっては,どうでしょうか。(クリックすると回答)
論理的には,低髄液圧症候群,脳脊髄液症が事故により発症したとする因果関係が認められればブラッドパッチ療法の治療費は,認められます。
3回のブラッドパッチ療法の治療費合計306万円を認めた判決(名古屋高裁 平成23年3月18日判決 判例時報2121・65)は,この立場です。
問題は,低髄液圧症候群,脳脊髄液症が事故により発症したとする点を否定した場合に,ブラッドパッチ療法の治療費も否定されるかどうかです。
この点は,判決例も分かれています。
「低髄液圧症候群,脳脊髄液症といえるかはどうかはともかくとして」認めた判決(神戸地裁 平成23年10月5日判決 <出典> 自保ジャーナル・第1871号)では,
脳脊髄液減少症との診断をしてその治療をしたのは医療機関側の判断によるものであり,患者である被害者が各医療機関で治療を受けるという選択をしたことが相当性を欠くものとまでいうことはできないし,症状が徐々にではあるが改善し,頭痛等については治癒しており,治療の効果があったと評価することができることを理由としています。
あるいは,主張する治療費のうち,低髄液圧症候群の関係の治療費は,本件事故と因果関係が認められないことになる筋合いである。
しかしながら,被害者である患者は,自らの症状を訴えて,各医療機関を受診しただけであって,低髄液圧症候群との診断をしてその治療をしたのは医療機関側の判断と責任によるものであるから,被害者である患者が現にその関係の治療費を支払っている以上,それを安易に減額することは相当ではない。
そこで,本件事故と因果関係のある治療費を認める。
とした(福岡高裁 平成19年2月13日判決<出典> 自動車保険ジャーナル・第1676号)も同じ立場といえます。
一方では,低髄液圧症候群,脳脊髄液症が事故により発症したとする点を否定してブラッドパッチ療法も効果がなかったとしてそのの治療費を否定した判決(東京地裁 平成24年3月13日判決<出典> 自保ジャーナル・第1874号)もあります。
同判決は,さらに原告が主張する症状固定日(低髄液圧症候群,脳脊髄液症を前提とする日付)を否定して捻挫による症状固定日を認定して,症状固定後の治療であるとする点も見られます。
現段階では,議論があるところですが,低髄液圧症候群,脳脊髄液症が事故により発症したと認定されなければ,治療費についても否定されるリスクも高いといえそうです。
診断をしてその治療をしたのは医療機関側の判断によるものです。
被害者である患者には責任がないものといえます。
したがって,仮に医師の診断が結果的には間違っていたという場合であっても治療費の支払いを拒まれることはないといえます。
だが,頚椎捻挫(むち打ち)から派生したとする傷病については,色々医学上の論争があり,その当否はさておくとして支払いを拒絶されやすいことは覚悟しなければなりません。