Q.交通事故による高次脳機能障害は,なぜ見過ごされやすいのでしょうか。
高次脳機能障害は見過ごされやすい障害です。
その落とし穴は臨床症状,神経心理学的検査,脳画像所見などの各分野に潜んでいると言われています。
特に,次のような条件に当てはまる場合には,遂行機能障害,注意障害,人格変化等が実際には生じており5級から9級相当の高次脳機能障害があったとしても見過ごされる恐れがあります。
1 一過性の症状があっただけで,治ったと勘違いされやすい
2 神経心理学的検査は万能ではない
3 画像所見がない,あっても目立たない程度
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1 治ったかどうかがわかりにくい
受傷者が意識障害から回復して,普通に会話ができて歩くことができていれば順調な経過をたどっていると判断されます。
本人は自己観察力やいわゆる病識が低下か欠如しているので自覚症状を訴えませんが,家族が生活を共にしていると,「性格あるいは人格変化」に気付きます。
短気になった,怒りやすくなった,キレやすくなった等と感じます。
人前でも大声を上げたりします。あるいは,羞恥心がなくなったような振る舞いもあり得ます。
また,何らかの状況でパニックに落ちたり自分をコントロールできなくなります。
高次脳機能障害でも,社会的行動障害,特に脱抑制という状況です。
しかし,軽症者は医師あるいはカウンセラー等では,理解力が正常に保たれているため何事もなく礼儀正しい態度さえします。
逆に,脳機能が正常レベルに近い人ほど自覚症状を強く訴える傾向にあります。外傷後神経症に陥るのも器質的脳機能は正常だからと言えます。
その点で,脳損傷による高次脳機能障害と外傷後の神経症とが区別しにくいといえます。
そのために,軽症の外傷性脳損傷による高次脳機能障害が治ったとされていたり,あるいはうつ病などの神経症等と診断されている可能性もあります。
2 神経心理学的検査は万能ではない
高次脳機能障害を疑って神経心理学的検査を施行しても落とし穴があります。
重症であれば検査成績不良か検査不能となるので,その点は問題ありません。
ところが,軽症では検査成績が正常範囲のことがしばしばです。
さらに,比較すべき外傷前の知能レベルは確かめるすべがありません。
致命的なことは,重要な要素である人格変化を客観的に捉える検査は現段階では存在しません。
つまり,神経心理学的検査のみでは高次脳機能障害の全体像を正しくつかめないのです。
神経心理学的検査を形式的に実施するだけでは,人格変化を起こしていたり起こす可能性がある軽症の高次脳機能障害者を水面下ならぬ闇に葬るだけの結果となってしまうのです。
3 画像所見がない,あっても目立たない程度
最大の落とし穴は脳画像診断にあります。
特に,慢性期の脳室拡大が中等度以下の場合には見落とされ勝ちです。
画像診断の専門家ですら脳室拡大を年齢的・生理的/個人差の範囲とみなしやすいのです。受傷当日画像(受傷前画像があればそれ)と比較すれば拡大が見えるのですが,これまでは比較する発想がありませんでした(「脳外傷による高次脳機能障害」とは
著者 益澤秀明医師 (株)新興医学出版社)。
仮に,比較しても「当日画像の脳は腫れており,慢性期には腫れが引いて正常に戻った」,と間違えられることがあります。小児や若年成人の事例で起こり勝ちなエラーですが,若年では脳室が生理的に小さいことを理解すべきです(同上)。
特に,脳挫傷などの局在損傷とびまん性軸索損傷とが合併する場合が盲点とされます。
急性期画像では,合併する脳挫傷などの局在損傷が目立ち,びまん性軸索損傷のほうはあまり目立たなかったり,ときには正常画像のこともあります。
ところが,慢性期になると,びまん性軸索損傷の血管損傷所見はあとかたもなく消失することが多く,いっぽう,局在損傷は痕跡を残しやすいので,それに気をとられて局在病変のみの診断となってしまうのです。
実は,このような場合には脳挫傷と併行して,びまん性軸索損傷による高次脳機能障害が発症してきているのですが,診断の対象から抜け落ちてしまうのです。