Q.(駐停車中の事故)福祉車両から降車する際の転倒等による負傷について損害賠償を請求することができますか。
自動車一般ではなく,高齢社会の現代において降車に介助が必要な高齢者あるいは身体障害者が負傷した場合を想定して考えます。
1 運行に起因するとはどういうことですか。
自賠法3条本文の運行供用者責任が発生するためには加害車両の「運行によって」生じた事故であること,つまり「運行起因性」が必要です。
「運行によって」の「運行」とはどういうことでしょうか。
ところで「運行」とは自賠法2条2項には「人又は物を運送するとしないとにかかわらず,自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう。」と定義されています。
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当該装置とは何ですか。
実は,いろいろな解釈がありますが,通説・判例(最高裁判決)は「固有装置説」を採用しています。固有装置説というのは,走行装置(ハンドル・ブレーキなど)のみならず特殊自動車等に固有の装置(クレーン車のクレーンなど)も含まれるとしております。
したがって,「運行」概念も固有装置をその目的にしたがって使用することと解釈します。
3 降車は「運行」でしょうか。
乗客が降車するということは,車両が駐停車することです。固有装置説からは,それだけでは「運行」とは言えません。
しかし,固有装置説によっても走行との関連性から該当性が認められる場合があり得ます。
つまり,時間的・場所的関連性,駐車の目的などから前後の走行行為と一体と言えるかどうかで該当性が判断されます。
そこで,問題は,介護用の車椅子リフトあるいは介助者による降車の際の負傷ということになります。
4 介護用の車椅子リフトから転落するなどした場合はどうですか。
リフトは車両の固有装置です。すると,目的にしたがって使用した際の負傷ですから,「運行」に該当します。そして負傷との相当因果関係も肯定されます。
5 車両の運転者が介助をして降車する際に乗客を転倒させた場合はどうですか。
介護を要する人の降車のための駐停車であるので固有装置説からも「運行」となります。
しかし,自動車の固有装置そのものの危険性が顕在化したものではないために「運行によって」としての相当因果関係は否定されます。
もっとも,運行供用者責任ではなく,転倒に際しての安全配慮義務違反として運転者および(あるいは)雇用主の介護施設などが責任を負うことが考えられます。
6 乗客(高齢者あるいは身体障害者)が,自分で降車する際に転倒して負傷した場合はどうですか。
降車目的の駐停車は固有装置説からも「運行」となりますが,問題は「によって」つまり相当因果関係を認めることができるかどうかです。
固有装置そのものの危険性が顕在化したものといえるかどうか次の点がポイントとなります。
①降車場所として危険な場所に本件車両を停車したか
②安全に着地できるような踏み台を置くなどして一般的な措置をしていたか
(最高裁 平成28年3月4日判決)
なお,上記の最高裁判決は,デイサービス送迎車から降車の際に受傷した83歳女子の搭乗者傷害に基づく保険金請求に関するものですが,運行に起因するものとはいえないと請求を棄却しました。
しかし,安全配慮義務による賠償責任が発生することについては,別であるとしております。
上記判決の該当部分は以下の通りです。
「本件において,上記職員が降車場所として危険な場所に本件車両を停車したといった事情はない。また,花子が本件車両から降車する際は,上記のとおり,通常踏み台を置いて安全に着地するように本件センターの職員が花子を介助し,その踏み台を使用させる方法をとっていたが,今回も本件センターの職員による介助を受けて降車しており,本件車両の危険が現実化しないような一般的な措置がされており,その結果,花子が着地の際につまずいて転倒したり,足をくじいたり,足腰に想定外の強い衝撃を受けるなどの出来事はなかった。そうすると,本件事故は,本件車両の運行が本来的に有する危険が顕在化したものであるということはできないので,本件事故が本件車両の運行に起因するものとはいえない。」