Q.農業事業者の休業損害,逸失利益の基礎収入は,どうなりますか。
年を追って,税金申告所得が減少していたところ,事故に遭って重度の後遺障害のために農業を廃業することになりました。
その場合に,事故前年度は過去5年間でも最低の所得で,それで休業損害や逸失利益が計算されてしまうのでしょうか。
もしそうなれば,弱り目に祟り目です。
1 原則として税金申告の額による
農林業者を含む自営業者については,申告所得を参考にするが,
申告額と実収入額が異なる場合には,立証があれば実収入を基礎とするとされています(いわゆる2017年版赤い本p95)。
現実には,申告額を超える実収入の証明は,難しいと言われています。
農業における問題は,農作物価格によって変動が大きいこと,あるいは天候による豊作不作があるために,年度による変動があることです。
そのために事故当時の申告実収入を基礎とすると不公平な場合がありえます。
2 賃金センサスの適用はできるのか。
2017年版赤い本p95では,現実収入が平均賃金以下の場合,平均賃金が得られる蓋然性があれば,男女別の賃金センサスによるともされています。
しかし,農業経営の場合においては,所得増加の蓋然性の証明はほとんど不可能と考えられます。
3
実収入によるとしても,複数年度の平均で算定できるか。
地域差はあり得ますが,減収の傾向が見られます。その場合に事故年度の申告所得が5年来の最低であったということはあり得る話です。
いわゆる2017年版赤い本p96から97に掲載がある鉢花を生産する農業従事者の事例は,
「全体的に見ると平成18年から平成21年(本件事故前年)にかけて減少傾向にある。
このような事情を考慮すると、基礎収入は、平成20年分及び平成21年分の収入の平均とするのが相当である。」
という5年間減収傾向にあったところ,事故前年と前々年の平均を基礎収入としたものです(東京地裁 平成27年3月26日判決)。
実収入の証明とは異なりますが,申告所得を複数年度の平均とすると言うやり方です。
5年間の平均という考え方もあり得るのでしょうが,減収傾向にあったため2年間にとどめたと言えます。
仮に,増加,減少という波がある場合には,5年間の平均という別の方法をとったとも考えられます。
4
そもそも税金申告をしていなかった場合はどうなるか。
平均賃金が得られる蓋然性は,まず不可能ですので,男女別の賃金センサスは,適用できないと考えられます。
農林水産省経済局統計情報部編「年度別農産物生産費調査報告・米麦類の生産費・野菜生産費・果実生産費」
から窺われる同程度の規模の農地の耕作による収入を勘案して認定することが多いと思われます
(大阪高裁 平成9年11月28日判決 交民集30巻6号1574頁)。