Q.脳波に異常所見がないと,事故によって外傷性てんかんを発症したとは認められないのでしょうか。
脳波所見は,てんかんの証明において重要ですが,脳波に異常が認められなくても脳外傷があるばあいに因果関係を否定することはできないというべきです。
しかし,裁判例においては,異常所見がないことから因果関係否定したものもありますので,注意が必要です。
脳波はてんかんの診断に最も重要な価値を持つ検査であるとされていますが,現状では,てんかん性の脳波異常の明確な診断基準は確立していないと言われています。
つまり,脳波所見の解釈を誤ると,脳波異常を伴う非てんかん患者と脳波異常を伴わないてんかん患者という二重の誤診の危険性があると言われています。
実際にも,約15%のてんかん患者は,反復検査によっても脳波異常を示さず,通常の脳波検査による異常の出現率は約50%程度に過ぎないとされています。
しかも約10%の非てんかん患者に,てんかん様の脳波異常が出現するとされています。
(星和書店 久郷敏明著 てんかんの本 エプレプシー・ガイドp32)
裁判例としては,明らかな以上を示す脳波所見がなくともてんかんとしたものがある反面で,脳波所見がないことをてんかんではないことの理由としたものもあります。
①明らかな以上を示す脳波所見がなくともてんかんとした判決
(1)神戸地裁平成15年2月20日判決(確定)<出典> 自動車保険ジャーナル・第1548号(平成16年7月8日掲載)
事故後の意識障害がないとされていた被害者が事故後約1年4ヶ月後にてんかんと診断されたもの。
脳波テストは,それだけでは補助手段とはなりえても,てんかんを診断したり,確定診断するものではないし,むしろ精神科医2名がてんかんとして治療していたことを重視しました。
(2)大阪地裁 平成15年6月27日判決(確定)<出典> 自動車保険ジャーナル・第1531号
本件事故による頭部打撲を契機に変調を訴え,本件事故後約5ヶ月後から度々意識喪失の発作を起こし,抗てんかん剤が効果を持つことからてんかんと診断された被害者には脳波に異常は認められないが,「本件事故による頭部に対する衝撃によって外傷性てんかんに罹患した」と認定しました。
②脳波所見が認められないことをてんかんの否定の理由とした判決
(1)東京地裁 平成11年11月26日判決<出典> 交民集32巻6号
1867頁
小発作が認められる被害者について,外傷性転換とする根拠の大半に疑問がある上,脳波検査に異常がないこと,画像診断においても外傷による病変の存在が認められないことを理由に外傷性てんかんを否定しました。
(2)大阪地裁 平成18年9月25日判決(控訴和解)<出典> 自動車保険ジャーナル・第1702号
被害者はてんかんを発症しているものと認められる。しかしながら,本件事故によって被害者が脳に損傷を受けたとは認められないし,脳波に異常は認められておらず,てんかんと本件事故との因果関係は認められない。
脳波検査による脳波の異常については,その精度を高めていけば,てんかんとの相関関係を把握することは科学的には可能であると思われます。
しかし,現時点でのレベルでは,すべての事例について脳波異常をてんかんの「要件」とすることは,救済を受けるべきものを除外してしまう危険があります。
裁判例は,必ずしも脳波の異常を必要としていないように思われますが,その場合でも頭部外傷と,それに伴う意識障害が一定程度ありてんかんを発症している蓋然性があるが,たまたま脳波検査による限界から脳波異常が認められなかっただけであるということを示していると思います。