- 1.後遺障害に等級のある意味
- 2.後遺障害等級の系列
- 3.脳損傷(脳外傷)=脳の器質性障害,特に高次脳機能障害の等級
- 4.脊髄損傷の等級
- 5.いわゆるむち打ち症(頚椎捻挫,外傷性頚部症候群)について
- 6.その他の障害の等級
3.脳損傷(脳外傷)=脳の器質性障害,特に高次脳機能障害の等級
(1)脳の器質性障害
神経系統の機能または精神の障害の「系列」には「脳の障害」「せき髄の障害」「末梢神経障害」「その他の障害」が属しています。救急救命を中心とした医療の発達のおかげで,命は救われたが,「脳の障害」が残り,後遺症(後遺障害)に苦しむ方が増加しております。
「脳の障害」の中でも,脳が器質的に損傷したためのものが,脳の器質性障害です。そしてそれは「器質性精神障害(高次脳機能障害)」と「身体機能障害(神経系統の障害=麻痺)」に分類されます。
(2)高次脳機能
脳の機能には,3つのものがあります。第1が,手足や顔を動かす運動機能,第2が,音とか臭い,肌触り等を感じる知覚機能,そして第3が,記憶・認知・感情・言葉を支配する高次脳機能があります。つまり,運動機能,知覚機能という一次的機能によって得られた情報をより高度なものにしていく脳による神経機能が高次脳機能なのです。
(3)脳の損傷の態様・障害
脳の損傷には,局所的脳損傷とびまん性(全般的)脳損傷に区分されます。局所的脳損傷は,脳の該当箇所が担当する種類別機能の障害として現れて「巣症状」と言われます。これに対して,びまん性(全般的)脳損傷は事故受傷によって直接発生するものもありますが,事故により生じた頭蓋内出血や脳腫脹(=はれ)等で次第に圧迫されて脳実質(=中身)が損傷するものです。びまん性(全般的)脳損傷は,脳神経繊維による脳内のネットワークが広範囲に損傷されるために,直接に損傷された巣症状にとどまらずに,ネットワークによる連結機能,つまり高次脳機能の障害が出現することが多く見られます。
(4)高次脳機能障害とは
高次脳機能障害の定義は,弁護士にとっても実は非常に難しいとされています。それは,高次脳機能障害としての認定が難しいことと符合しています。さらには,高次脳機能障害という名称も日本独自のもので,健常者にとっては日常のありふれた行動の障害を意味するのに果たして適切なものであるのかという疑問さえも出されています。その為に,「高次脳機能障害」でありながら,周囲から理解されにくいものとなっているのです。元来,医学の分野で論じられてきた高次脳機能障害は,失語・失行・失認・半側空間無視・記憶障害等で多くが巣症状を原因とする周囲から見て変化が極めて明らかなものに限定されていました。
- 失語:他人の考えを理解し,自分の考えを表現することが困難な状態
- 失行:指示された内容は理解しているにもかかわらずに,そのことができない状態
- 失認:以前に学習した対象を認識できない症状
- 半側空間無視:損傷した脳の反対側の刺激には反応しないで,そちら側の空間を無視して向こうとはしない症状
- 記憶障害:新しいことが覚えられなくなる症状
しかし,最近では認知障害・行動障害を含む人格変化(障害)を意味するものに広く解されてきています。
(5)見逃されやすい高次脳機能障害
びまん性(全般的)脳損傷により高次脳機能障害が生じることが多いとされていますが,局所的脳損傷と併存することもあります。急性期の合併した外傷への対応で,医師に見落とされたり,家族や本人さえも症状があることに気付かなかったりすることがあります。あるいは,急性期に認知障害や行動障害が出現したとしても,一過性のものとしていずれは治ると考えられやすいので見逃されやすいのです。しかし,そのまま見逃されて認知障害や人格変化が残って後遺症となると,失語・失行・失認・半側空間無視・記憶障害等と言った一見して重篤な場合とは違う意味で社会適応能力が低下してきます。現実に労働能力ということで言えば,外見上では障害とは分からなくとも能力が著しく,あるいはかなり低下しているケースも決して希ではありません。そのために,自賠責保険実務では2001(平成13)年1月から高次脳機能障害に関する事案の漏れがないようにするために認定についてシステム化を図っております。
(6)高次脳機能障害を疑うべき場合
ア 初診時において頭部外傷による意識障害がある場合
- a)半昏睡か昏睡で,刺激をしても覚醒せずに開眼・応答しない状態が,少なくとも6時間以上続くか,
- b)健忘症あるいは刺激をすると覚醒するが刺激をやめると眠り込む軽度の意識障害が少なくとも1週間以上続いたのであれば,
高次脳機能障害となるおそれがあるとされています。
イ びまん性軸索損傷を発症した場合
軸索(axon)とは,神経細胞から伸びる1本の長い突起(神経繊維)のことです。軸索は束になっています。神経の活動は電気によるものですが,軸索はその電気を伝導する電線と考えていいのです。軸索は,大脳半球・小脳・脳幹・脊髄を結びつける神経回路網,つまりネットワークを構成する大変に重要なものです。
交通事故により頭部外傷を受けた場合に,様々な方向の減速あるいは加速の力が働くために脳が揺さぶられ,ゆがみが生じることがあります。そのために神経細胞や神経繊維が切断されてしまうことがあります。この様に軸索が,びまん性(広範)に,切断されてしまうことにより生じるのが,びまん性軸索損傷です。軸索が広範囲に切断されてしまうために,神経のネットワークに重大な影響が起こってきます。また軸索が切断されてしまうと次第に脳神経細胞の死滅が起こってきます。そのためにびまん性軸索損傷は,高次脳機能障害を発症させやすいとされています。
外傷がさほど大きくなく,あるいは脳の局所的損傷が無くて脳挫傷と言った診断名が付いていなくても発症することがあります。アで述べた意識障害が急性期にあったかどうかが重要とされています。
ですから,びまん性軸索損傷の診断名が付いていたならば,高次脳機能障害の可能性があるとされています。
ウ 治療が進んでからの異常あるいは変化の出現
頭部外傷の治療として順調であったとしても,明らかな記憶障害はなくとも物忘れしやすくなったり,判断力が落ちてきたり,怒りやすくなった・涙もろくなった,あるいは感情の起伏が激しくなった,暴言・暴力が出現した,という場合には高次脳機能障害の可能性があるとされています。
エ 脳室拡大・脳萎縮
初診時に,CT等の画像上で頭部外傷が確認されてから,3ヶ月以内に,同じく画像上で脳室拡大・脳萎縮が確認されたならば高次脳機能障害の可能性があるとされています。それは,脳(神経)細胞が死滅すれば脳萎縮が起こり,その分だけ脳が入っている脳室のスペースが拡大するからです。脳室拡大・脳萎縮があると言うことは,脳(神経)細胞に異常があり,高次脳機能障害の可能性があるとされています。なお,びまん性軸索損傷を発症すると,この脳室拡大・脳萎縮を起こすので,その発症を判断する基準とされています。
(7)高次脳機能障害の認定基準
既に申し上げていますが,自賠責保険での後遺障害等級は,労働災害(労災)保険の認定基準を元にしております。
高次脳機能障害に関して,労災保険の認定基準(平成15年8月8日基発)では
- a)意思疎通能力(記名・記憶力,認知能力,言語力等)
- b)問題解決能力(理解力,判断力等)
- c)作業負荷に対する持続・持久力
- d)社会行動能力(協調性等)
の4分野に関する能力に区分しています。
これらの能力を,喪失の程度に応じて
- A:多少の困難はあるが概ね自力でできる
- B:困難はあるが概ね自力でできる
- C:困難はあるが多少の援助があればできる
- D:困難はあるがかなりの援助があればできる
- E:困難が著しく大きい
- F:できない
の6段階で評価します。そこで,まずは3級から14級の等級の格付けを行います。
その上で,労働能力喪失100%である3級以上の被害者について,介護あるいは監視の要否及び程度に応じて1級から3級までの等級格付けがされるのです。
この労災保険の高次脳機能障害に関する後遺障害認定基準については,4分野の能力の分類あるいは6段階の程度評価のやり方そのものに批判があったり,そもそもこの労働者に対する基準を就労していない幼児あるいは高齢者等を含む交通事故の自賠責保険基準にそのまま当てはめることには批判があります。従って,高次脳機能障害に関して,労災保険による認定基準を自賠責保険でも準拠はしつつも運用に当たって,さらには今後の制度そのものについては流動的な要素があると弁護士として言えます。
なお,高次脳機能障害認定システム確立検討委員会「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムについて」(平成12年12月18日)に示されている基本的な考え方は以下の通りです。
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別表第1 1級1号「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し,常に介護を要するもの」
=身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために,生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの
別表第1 2級1号「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの」
=著しい判断力の低下や情緒の不安定などがあって,1人で外出することができず,日常の生活範囲は自宅内に限定されている。進退動作的には排泄,食事などの活動を行うことができても,生命維持に必要な身辺動作に,家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの
別表第2 3級3号「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの」
=自宅周辺を1人で外出できるなど,日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや,介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力,新しいことを学習する能力,障害の自己認識,円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって,一般就労が全くできないか,困難なもの
別表第2 5級2号「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」
=単純繰り返し作業などに限定すれば,一般就労も可能。但し新しい作業を学習できなかったり,環境が変わると作業を維持できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており,就労の維持には職場の理解と援助を欠かすことができないもの
別表第2 7級4号「神経系統の機能または精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの」
=一般就労を維持できるが,作業の手順が悪い,約束を忘れる,ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの
別表第2 9級10号「神経系統の機能または精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」
=一般就労を維持できるが,問題解決能力などに障害が残り,作業効率や作業持続力などに問題があるもの
(8)高次脳機能障害に特有の介護
上記(7)で述べられているのは,1級=常時介護,2級=随時介護,3級=介護不要,という介護の要否及び程度に応じての高次脳機能障害における格付けです。そもそも伝統的な認定基準は,生存のための食事,排泄,入浴などの日常生活の自立の程度を参考にして定められていました。しかし,高次脳機能障害においては,日常生活に関して常時か随時の介護あるいは付添の要否と言うことから判断することが適切な場合もありますが,看視という観点から見るべき場合も多いと言えます。つまり,日常生活については自立していたり,ほぼ自立しているが,記憶障害や遂行機能障害がある場合に,適切な判断ができないために周囲の者が声掛けをしたり看視をする必要があります。
そのために,高次脳機能障害においては,伝統的な介護的付添だけではなく,看視的付添から理解する必要があると考えられるようになってきています。そして,介護的付添に対して,看視的付添は負担が少ないかと言えば実際は違うと思います。声掛けや見守りのみならず,暴言・暴力やいつ起こるか分からない不穏な行動に対応していなければならないことも多く,その負担はかなりのものと思われます。そして看視的付添と介護的付添とはいずれか一つかというとそうではなく,両方が入り組んでいる状態のことも数多くあると思われます。そこで,高次脳機能障害の「介護」の要否と程度についても,身体的な面である介護的付添のみならず,看視的付添の面も入れて判断すべきであると思われます。具体的にもある程度自宅内で動作が可能であるがために,常時不穏なあるいは不適切な行動をとるおそれがあるために,一日中看視の目を離すことができないという場合について,常時介護と判断すべきだと私たち弁護士は考えます。
(9)高次脳機能障害の等級認定のポイント
高次脳機能障害は,脳の器質的損傷によるものであることから等級認定は,交通事故による脳損傷の有無と,障害の内容・程度の2段階にわたって行われます。
脳損傷の有無に関しては,CT等の画像所見が重要となります。画像所見としては二つあります。第1は,交通事故直後の脳損傷の状態を示すものです。脳挫傷等による局在的損傷の有無・程度はこれにより明らかになります。第2は,治療後の交通事故による障害が残ってしまった状況を示すものです。既に述べました「びまん性軸索損傷」の場合には,事故直後には脳の状況には変化が無く,急性期を過ぎてから脳室拡大・脳萎縮が生じることから高次脳機能障害の認定には画像が重要な意味を持っています。
脳損傷の有無とも関連しますが,障害の内容・程度を判断するためには,(ア)日常生活状況の報告(イ)神経心理学的検査が用いられます。
しかし,(ア)日常生活状況の報告(イ)神経心理学的検査も必ずしも状況を正確に把握できるものではないと言われています。前者の日常生活状況の報告については,認知障害,行動障害が顕著であれば,交通事故の前後による変化を表現することは容易です。しかし,わずかな人格変化があったとしても,それを家族が発見して,それを正確に表現することは容易ではありません。後者の神経心理学的検査は人間の行動・知能(認知)及び情動の3つの分野を検査するものです。行動・知能(認知)に関しては,古くからの知能検査等の手段があり,一応それほど難しくはないと言えるかもしれません。しかし,情動となると,正確な神経心理学的検査法法が未だ確立していないとも言われています。さらに,知能は正常だけれども高次脳機能障害であるというものがあり得るとされています。その場合に,情動の変化がもたらす人格変化をどのように測定するのか,非常に難しいとされています。また,容易であると述べましたが,知能についても現在の状況の検査は可能ですが,交通事故前の知能との比較は困難です。
この点で,高次脳機能障害の有無及び内容・程度については,高次脳機能障害に特徴的な症状として裁判例が挙げている以下の点を押さえていくことが,後遺障害認定の異議申し立てあるいは訴訟をする上で重要と言えます(東京地方裁判所平成15年3月26日判決)。
1) 失見当識,2)記憶・記銘力障害,3)意思の疎通困難,4)構音障害,5)計画性の欠如,6)学習能力の低下,7)並行処理能力の低下,8)感情の易変化,9)自己中心的,10)抑うつ状態,11)自閉的傾向,12)飽きっぽさ
(10)高次脳機能障害に対する私たちの考え方
高次脳機能障害については,周囲から理解が得られにくい障害であることを既に申し上げたとおりです。後遺障害等級として1級から3級に該当する重度の後遺障害における御本人及び御家族の悲惨さと介護をめぐる生活における困難さは,いかなるものか弁護士でなくても想像に難くありません。十分に救済されなければなりません。しかし,高次脳機能障害における障害の程度は,1級から14級という広範囲に及びます。外見上は全く普通に見えるけれども,問題行動があったり,社会的適応能力が低下して,職を失ったり,適切な就職先が見つからないという実態があります。
5級では「特に軽易な労務」つまり単純繰り返し作業(喪失率79%),7級では「軽易な労務以外の労務」(喪失率56%),9級では「服することができる労務が相当な程度に制限される」(喪失率35%)という抽象的な表現でありますが,大きく労働能力を喪失しながらも残された労働能力のあることが示されています。ちなみに5級=21%,7級=44%,9級=65%が残された労働能力となります。しかし,その残された労働能力に適合する就労の方法が現実にはどれほどあるのでしょうか。また,交通事故における自賠責保険基準が労災保険基準に準拠していることは既に申し上げたとおりです。人間を働く機械とみなして損害賠償基準を設けることは,その限りでは合理的であります。だが,高次脳機能障害として感情の易変化,自己中心的,抑うつ状態,自閉的傾向,飽きっぽさ等言った交通事故前とは変わってしまった人格変化が御本人や周囲の家族等に与える影響はどれほど大きいことでしょうか。奪われてしまった人間らしさは回復することはできません。
私たちは,市井にいる一弁護士として代理人となって基準に則した適正な損害賠償を加害者側に求めることが,確かに第一の職責です。しかし,交通事故が新たな障がい者を産み出すものであることから,問題は個別の賠償問題だけに止まらず,社会福祉にも連なるものです。
私たちは,社会から隔絶して孤立化しがちな被害者御本人,そしてその御家族を支えるネットワーク作りに参画して行くことがもう一つの弁護士としての職責であると考えております。