- 1.後遺障害に等級のある意味
- 2.後遺障害等級の系列
- 3.脳損傷(脳外傷)=脳の器質性障害,特に高次脳機能障害の等級
- 4.脊髄損傷の等級
- 5.いわゆるむち打ち症(頚椎捻挫,外傷性頚部症候群)について
- 6.その他の障害の等級
4.脊髄損傷の等級
(1)脊髄の構造
脊髄とは,白くて細長い円柱状の神経索,つまり神経の束です。脊髄は,脊柱管の中にあります。脊椎は,脊柱管内にある神経の束である脊髄を保護する脊柱を構成しているそれぞれの骨のことです。
脊髄は,頭から下方に向かって,頸髄8個,胸髄12個,腰髄5個,仙髄5個,終糸1個の小節に分かれており,この小節を髄節と言います。それぞれの髄節から,頸神経8対,胸神経12対,腰神経5対,仙骨神経5対,尾骨神経1対の脊髄神経が出ています。
上下に積み重なった髄節性神経構造のもとで神経ネットワークが構成されています。
各脊髄神経は,脊髄の腹側と背中側から1対ずつ出て合流しており,この神経の束を脊髄神経根と呼び,腹側の神経根を前根,背中側の神経根を後根と呼びます。前根は,運動に関する神経繊維が通り,後根は,知覚神経繊維が通っています。脊髄神経が出ている髄節毎に運動・知覚の支配領域があります。
(2)脊髄損傷と程度
交通事故によって脊柱(脊椎)が損傷されると,脊柱が保護していた脊髄も圧迫や挫創で損傷することがあります。これが,脊髄損傷です。脊椎の骨傷の有無によらずに脊髄が損傷すれば出血が生じて,浮腫や腫脹が生じて,その結果,損傷した脊髄の部分に挫滅と圧迫病変が生じてきます。それにより,脊髄の障害レベル以下に麻痺や膀胱直腸障害が発生します。脊髄損傷の程度は,脊髄の高位診断(損傷した髄節の部位)と,完全麻痺か不完全麻痺かにより決定されます。
(3)脊髄の損傷部位診断
麻痺の原因となっている損傷部位の高位診断は,四肢(両手足)の感覚障害・運動障害・反射の異常から判断することができるとされています。
(ア)感覚障害
感覚テストにより診断されます。これは,触覚は小さな筆やティッシュペーパーで,痛覚は安全ピンで皮膚に刺激を与えて,健常な部分に比べてどの程度の強さに感じるかを尋ねて感覚低下の程度をテストするものです。
(イ)運動障害
徒手筋力テスト(MMT:manual muscle testing)により行います。身体だけで行う運動を徒手運動,徒手運動による筋力テストを徒手筋力テストと言います。このテストは,人体の主要関節を動かす筋の筋力を特別な道具を使わずに手で測定する方法です。この方法により,麻痺した髄節と麻痺のない髄節を確認することで損傷髄節の高位診断が可能となります。テストの評価としては,通常,正常,優,良,可,不可の6段階となっています。0~5までの数字でよく表記されます。
(ウ)反射
反射の確認やその異常は,一次ニューロン(錐体路)の障害か,二次ニューロン(末梢神経)の障害か,を鑑別するためにも重要です。
錐体路とは,大脳皮質から延髄を通り,脊髄に入り下行する脳からの伝導路です。
ニューロンとは,神経細胞間で神経回路網を作って多用な情報処理をしていますが,その目的に合うように個々の神経細胞の構造や機能が分かれており,その意味では神経細胞は神経回路網の一機能単位として働くために,神経細胞はニューロンと呼ばれるのです。
反射の種類と内容は次の通りです。
- a)深部腱反射
腱を鋭く叩打(こうだ)することで筋が伸張し,出現するものです。 - b)表在反射
皮膚あるいは粘膜の刺激により引き起こされる反射です。 - c)病的反射
通常では認められない反射です。錐体路の器質的障害(つまり一次ニューロンが傷ついていることを示唆します。)に際して認められる反射です。
顔面に見られるマイヤーソン徴候・口とがらし反射
上肢に見られるホフマン反射,トレムナー反射
下肢に見られるバビンスキー反射,チャドック反射,シェーファー反射,クローヌス反射
等があります。
(4)脊髄損傷の後遺障害等級認定
ア 認定方法
身体所見及びMRI・CT等の画像によって裏付けができる麻痺の範囲と程度によりなされます。
イ 麻痺の範囲
四肢麻痺,対麻痺及,片麻痺及び単麻痺の区別のことです。
四肢麻痺とは,両手足(上下肢)の麻痺のことです。対麻痺とは両手(上肢)または両足(下肢)のことです。片麻痺とは左側または右側の片側の手足(上下肢)の麻痺のことです。単麻痺とは手(上肢)または足(下肢)の1肢だけの麻痺のことです。
ウ 麻痺の程度
高度・中等度・軽度とあります。
高度とは,障害のある上肢または下肢の運動性・支持性がほとんど失われ,障害のある上肢または下肢の基本動作(下肢においては歩行や立位,上肢においては物を持ち上げて移動させること)ができないもの。
中等度とは,障害のある上肢または下肢の運動性・支持性が相当程度失われ,障害のある上肢または下肢の基本動作にかなりの制限があるもの。
軽度とは,障害のある上肢また下肢の運動性・支持性が多少失われており,障害のある上肢または下肢の基本動作を行う際の巧緻性(注:細かな動作を含めて上手く動かすこと)及び速度が相当程度損なわれているもの。
自賠責保険後遺障害等級(労災保険でも同様です。)における各等級認定区分は、損害保険料率算出機構の表をご確認ください。
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麻痺の範囲と程度との関係では以下のとおりに判断されます。
別表第1 1級1号【常時介護:常に他人の介護を要するもの】
1)四肢麻痺+高度
2)対麻痺 +高度
3)四肢麻痺+中等度+常時介護を要する状態
4)対麻痺 +中等度+常時介護を要する状態
別表第1 2級1号【随時介護:随時介護を要するもの】
1)四肢麻痺+中等度
2)四肢麻痺+軽度+随時介護を要する状態
3)対麻痺 +中等度+随時介護を要する状態
別表第2 3級3号【介護不要】
1)四肢麻痺+軽度
2)対麻痺 +中等度
別表第2 5級2号【介護不要】
1)対麻痺 +軽度
2)単麻痺 +1下肢高度
別表第2 7級4号【介護不要】
1下肢中等度
別表第2 9級10号【介護不要】
1下肢軽度
別表第2 12級13号【介護不要】
軽微な麻痺等:運動性,支持性,巧緻性,速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺。運動障害は認められないものの,広範囲にわたる感覚障害が認められるもの。
図式的には,四肢麻痺→3級以上,対麻痺→5級以上,単麻痺→5から9級 と言えます。
(5)中心性脊髄損傷というもの
ア 中心性脊髄損傷とは
脊髄の横断面から見て中心部に損傷があるもの,中心部以外の周辺部には損傷はないものです。
イ 障害の出現
上肢に多く見られて,ほとんどの事例において下肢には見られないとされています。
ウ 問題点
診断名として中心性脊髄損傷とされていながらも,脊髄損傷そのものの証明ができずに,後遺障害等級認定で否定され非該当とされたり,あるいは,後遺障害認定が低くなることが多く見られます。あるいは,裁判で争われることも多いと言えます。つまり,中心性脊髄損傷という診断名である場合には,その診断名の通りには脊髄損傷が認められず,そのものが否定されてしまう可能性があります。
(6)脊髄損傷が裁判となりやすい理由
2つあります。第1は,脊髄損傷自体の存否が争われやすいことです。第2は,脊髄損傷自体は認められるけれども,それを発症したことあるいは悪化させたことについては,交通事故以外の本人の加齢とか体質的な問題があるという素因による減額が主張されることです。
第1は,中心性脊髄損傷で述べましたように,脊髄損傷という診断名は良く付けられるけれども,実際に脊髄損傷があるかどうかを争われやすいのです。診断名としては,中心性脊髄損傷以外にも,頸髄不全損傷あるいは,単に不完全麻痺あるいは不全麻痺という記載があることがあります。しかし,診断名だけでは,なかなか脊髄損傷であるとは認定されません。脊髄損傷と認定されるためには,既に申し上げたとおり,身体所見及びMRI・CT等の画像によって裏付けができることが必要です。交通事故以後に,手足の麻痺とか歩行障害が出現したとしても,まずは,画像所見の裏付けが必要です。そこで,明確に脊柱(椎体)そのものの損傷が認められれば,脊髄損傷も存在することが認められます。次に,神経学的な異常所見があり,それが画像所見との整合性があることが必要です。そして,さらに症状の推移から見て麻痺と交通事故による受傷との関係が認められことが必要です。
第2の素因の点は,なかなか難しい問題です。一例として後縦靱帯骨化症(OPLL ossification of posterior longitudinal ligament)があります。
これは,脊椎椎体を後面から連結している後縦靱帯が経年性(加齢性)で骨化して脊柱管が狭くなることによる神経圧迫障害です。OPLLがあなたにあったという場合には,そのOPLLと交通事故が共に原因となって脊髄損傷を発症させたと認定される可能性もあれば,無症状だったOPLLが交通事故をきっかけに発症しただけで,脊髄損傷には至っていないと認定される可能性もあり得ます。そして,仮に前者のとおりOPLLと交通事故が共に原因となって脊髄損傷を発症させたと認定されたとしても,そのOPLLが症状に寄与したとして,いわゆる素因減額として損害額を減額される可能性もあり得ます。
(7)脊髄損傷に対する私たちの考え方
脊髄損傷による障害において後遺障害等級として1級から3級に該当する重度の後遺障害における御本人及び御家族の悲惨さと介護をめぐる生活における困難さは,いかなるものか想像に難くありません。判断能力を維持しながらも,行動を著しく制限されることは,筆舌に尽くしがたいものに違いありません。介護や自宅改造をめぐる多くの判例が出されておりますが,高次脳機能障害と並んで脊髄損傷による障害の事例が多いことからも,問題の深刻さを物語っていると思います。交通事故を境にして,それまでは想像さえもしていなかった介護をしたり,介護を受ける状況に一変してしまった御家族も多いかと思います。そして,それは,他人には分からず,また言うこともできない,孤立した孤独な闘いであると思います。
私たちは,市井にいる一弁護士として代理人となって基準に則した適正な損害賠償を加害者側に求めることが,確かに第一の職責です。しかし,交通事故が新たな障がい者を産み出すものであることから,脊髄損傷は高次脳機能障害と同じく,問題は個別の賠償問題だけに止まらず,社会福祉にも連なるものです。
私たちは,社会から隔絶して孤立化しがちな脊髄損傷の被害者御本人,そしてその御家族を支えるネットワーク作りに参画して行くことがもう一つの職責であると考えております。