後遺障害(後遺症)の逸失利益

4.基礎収入額をめぐる問題

(1)給与所得者

事故前の収入を基礎収入として交通事故による負傷により休業した現実の収入の減少した分が休業損害となります。そのため,基礎収入額としては,保険実務では,交通事故前3ヶ月の平均給与と言うことにするのが一般的であり,賃金減額証明書及び前年度の源泉徴収票の提出を求められます。しかし,日本では各種手当・賞与を含んで全体として給与所得者は収入として捉えていることが多く,交通事故前3ヶ月の平均給与だけでは実態を把握できないのではないかとの意見もあります。但し,治療期間が短期の場合には,この方法でも実態と大きく違わずに,また長期化して賞与に影響があれば,賞与減額証明書及び前年度の実績資料を提出することでカバーできるので,大きな問題は基礎収入額の証明としては生じないとされています。なお,賃金体系として固定給よりも歩合給が大きく占める場合とか,時期に応じて給与額が変動する場合には,加害者側つまり賠償側から年間を通した資料を求められることもあります。

(2)家事従事者(例えば専業主婦)

家事従事者,ことに主婦の基礎収入額について,現在の実務においては賃金センサス女性平均賃金(全年齢または年齢別)を基礎にすることがほぼ定着していると言えます。それは,高齢等の特別の事情がなければ,専業主婦である限りにおいて,基本的には家族の人数や構成,実際に従事している家事労働の実態を問わず,また,仕事を持っている有職主婦の場合でも,現実収入が平均賃金を上回る場合は別として,同様となります。しかし,共働きで夫の収入を上回る女性も多くなっている現在の情勢を反映していないのではないかという批判があります。また,後に述べる女子年少者については基礎収入として男女合計の全労働者平均賃金を用いることが一般的になっていることとのバランスを欠くのではないかという批判もあります。さらに言えば,専業主婦ならぬ専業主夫の場合にも賃金センサス女性平均賃金(全年齢または年齢別)を基礎にするのはおかしいのではないかとの批判もあります。その意味では,古くて新しい問題であり,まだまだ流動的なものと言えます。 なお,賃金センサス女性平均賃金(全年齢または年齢別)を基礎にしますが,少なくとも東京地裁を中心とした関東圏では,基本は全年齢平均賃金を基礎にして,逸失利益の喪失期間が短い場合には,年齢別平均賃金とすると考えて良いと思われます。

(3)事業所得者

事業所得者とは,農林・水産業者などの個人事業主,若しくは自営業者,自由業者(開業医,弁護士,著述業,プロスポーツ選手,芸能人,ホステスなど)です。色々な種類はありますが,個人的小規模事業が多く,一定規模以上になると実質的事業主は,次の会社役員となっていることが多いと思います。
事業所得者については,基礎収入額について原則として,交通事故前年の確定申告所得によって認定されます。なお,年度毎によっては相当な変動がある場合には,交通事故前数年分を用いることがあります。
問題は,確定申告がなされていない場合です。この様な場合には,相当の収入があったと認められるときは,賃金センサスの平均賃金を基礎収入とすることも可能です。しかし,この点は,裁判所としては納税義務を果たしていないで被害を受けた場合には権利主張するものとして,厳しい見方をしていると考えられます。従って,申告をしていない場合には修正申告をするか,あるいは申告をするくらいのつもりで売り上げ及び経費等の主張立証をして,初めて賃金センサスの平均賃金を基礎収入とすることに達すると言うべきです。

(4)会社役員

会社役員の場合には,給与ではなく,役員報酬です。それは,その地位にあることにより自動的に受け取ることができるものと基本的には考えられているからです。そこで,役員報酬の金額の内の労務提供の対価部分が基礎収入として認められ,利益配当の実質を持つ部分は否定される傾向にあります。労務提供の対価部分とは,抽象的には何となく分かりますが,実際には事業規模・会社の計算書類・業務内容を前提に役員が社内で果たしている役割について具体的な主張・立証が必要となります。小規模会社で(3)の(個人)事業者に近いような個人企業が法人成りしたような場合には,社長さんが営業から庶務に至るまで何でもやっているような事例があります。そのような事例は主張・立証が容易に思われますが,法人税申告書書類についての提出を求められたり,労務提供部分の割合をめぐったりして紛争となることも多くあります。

(5)若年者

平成11年の東京・大阪・名古屋の交通専門部の総括裁判官からの「交通事故による逸失利益の算定についての共同提言」(三庁共同提言と言われています。)において,若年者の基礎収入については,生涯を通じて全年齢平均賃金または学歴別平均賃金程度の収入が得られる蓋然性が認められる場合については,基礎収入を全年齢平均賃金または学歴別平均賃金によることとする,とされています。若年者とはおおむね30歳未満を言うともされています。しかし,全年齢平均賃金と学歴別平均賃金のいずれによるのか,個別事例によるとも言えます。さらに,交通事故前の生活歴あるいは就職歴で,全年齢平均賃金または学歴別平均賃金を前提としながらも,それから2割ないし3割を減額して基礎収入とする可能性も残されていますし,そのような裁判例も出ております。
昨今の,ワーキングプアあるいは就職難,非正規雇用という働かされ方を若年者がされていることを考えると,基礎収入額について賃金センサスでの金額から下げる方向にそれらの実態が使われないように注意する必要があります。

(6)女子年少者

女子年少者について基礎収入として女子平均賃金を用いるのか,それとも男女計平均賃金を用いるのかが問題とされています。先ほどの三庁共同提言においても,「幼児・生徒・学生の場合は,賃金センサスの全年齢平均賃金または学歴別平均賃金による」とはしましたが,そこでいう全年齢平均賃金が男女別を意味するのか,全労働者を意味するのかを明らかにはしませんでした。この問題は,男女格差の存在を解消する方向で考えるのか,それともその現実を前提にした方向で考えるのかという価値観が横たわっています。死亡の場合おいては,生活費の控除の比率をもって調整するという技巧的な方法でひとまず解決を見ていますが,生存している後遺障害においてはその手法を用いることができません。また,年少の範囲をどこまで考えるのかと言う問題もあります。中学3年生であれば,進路を含めた方向性が定まったと言えるのか,それとも,高校生になった段階で言えるのか,非常に価値判断を含む難しい問題があります。

交通事故における後遺障害は、その賠償についても深い悩みを抱えることになります。埼玉の弁護士、むさしの森法律事務所にご相談ください。

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